おいでませ！　おひとりさま｜リアクション

おいでませ！　おひとりさま

（もう、売切れてしまったかい？）
　シーサイドタウンで、東城六は探し物をしていた。
　目的の場所は駅からそう遠くなく、アクセサリーや雑貨店が立ち並ぶ通りだ。
（さっき来たときは確かあの店に……）
　六が寝子島に越してきて、まだ一ヶ月かそこら。
　土地勘などなく、本当にこの通りであったかどうかも怪しい。
　六が探していたのは、キ－ホルダ－なのだが。
　縁がなかったのかもしれない。
（この店の品物も魅力的だ）
　雑貨店が多い通りには違いなく、六は目に付いた店先に並べられた品物を手にとって見る。
　黒い布を被せた木板に、飾りピンで留められたネックレスだ。
　シルバー素材のそれは、一点一点、違うデザインだった。
（手作り品なのか）
　商品説明も黒板に手書きで描かれている。
　作り手は女性かはたまた男性か。
　デザイン的に、若い男性のような気がする。
（隣の店は……画材店なのか）
　シルバーアクセを置いて、隣の店に移る。
　画材は、六にとって馴染み深いものだった。
　もともと絵を描く事が好きだったのだが、ここ寝子島に着てから今日まで、学校と家でほぼ絵を描いて過ごしていた。
（モンバルキャンソン紙と上質紙か）
　定番ともいえる紙質のスケッチブックは、サイズも豊富だった。
（おや？　これはミューズコットン紙か？）
　横にラインが入っている特長的な紙は、色数豊富に取り揃えられていた。
（73ｋｇだと少し薄いか。だが１６３ｋｇだと色数がぐっと少なくなるし）
　ちょっとしたスケッチにというよりは、ポストカ－ドなどにしたほうが映える紙質だ。
（最初に見た店のキ－ホルダ－をスケッチして、ポストカ－ドにしたらどうだろうか）
　いつもなら画材ばかりに目がいくというのに、今日はやけにキ－ホルダ－の事が気になった。　　
　何も買わずに画材店を出ると、六は来た道を戻り、もう一度駅前に行く。
（そう、駅から僕は真っ直ぐに歩いて、一個目の信号を右に曲がったはずだ）
　一度はあきらめかけたキ－ホルダ－。
　それが売っていた店を探して、六は記憶を辿る。
（たしか猫と月の看板の隣）
　駅から辿ると、徐々に記憶がよみがえってくる。
　辺りはもう大分暗くなっていたが、六は記憶を辿り、目的の雑貨屋へ。
　三つ目の路地を曲がった時、六は灰色の目を見開いた。
（あった！）
　猫と月の看板。
　淡いランプに照らされて、その雑貨屋はまだ営業していた。
　六は店先の藤籠を覗き込む。
　最初に見た時、心魅かれたキ－ホルダ－はこの籠の中にあったのだ。
　宝石のように煌めくアクセサリーは、レジンというらしい。
（あのキ－ホルダ－は）
　夜明けの海を閉じ込めたような、深い色合いと輝きを持つキ－ホルダ－が見当たらない。
（一点ものだろうか）
　この店も手作り品を主に扱っているらしい。
　手作りなら、同じ品物は二個となく。
　夜空の色や夕焼け、燦然と輝く太陽を思わせる色合いの作品はあれど、夜明けの海の色が見当たらない。
（あの時、買っておくべきだったか）
　普段、無駄なものなど一切買わない主義だった。
　キ－ホルダ－など、なくても困らない。
　けれど。
（無いとなると、後悔が募るな）
　らしくない事に、六は溜息をつく。
（ん？）
　籠の中を探す六の手が止まった。
　夜明け色が見えたのだ。
　籠の中ではない。
　籠の外に。
　六はそっと籠をどかしてみる。
　そこには、探していたキ－ホルダ－が。
　恐る恐る、手にとって見る。
（これだ。間違いない）
　日の下で見た時も美しかったが、ランプに照らされて淡く光る今も、より一層、六の心を揺さぶった。
　どきどきと胸が高鳴る。
　足早に会計を済ますと、六はじっとキ－ホルダ－を見つめる。
　そこには、夜明けの海と、苦笑する六の顔が閉じ込められていた。
　全くもって、六らしくない。
　それでも、湧き上がるうれしさは隠せない。
　六は早速鞄につけてみると、軽やかに駅に向かった。