おいでませ！　おひとりさま｜リアクション

おいでませ！　おひとりさま

　夏のとある日。
　道行く人がちらちらと振り返りながら過ぎ去ってゆく。
　御巫時子は今時珍しい着物姿で、日傘を差して歩いていた。
　水色の地に鮮やかな大輪の花が描かれた着物は、夏らしい清涼感を感じさせる。
「今日も皆、お元気でしょうか……」
　大好きな小鳥達を思い浮かべ、時子は動物園の門をくぐる。
　またたび市動物園は、夏休みという事もあり、家族連れやカップルで賑わっていた。
　時子は日傘を邪魔にならないように畳み、まっすぐ、鳥達のコ－ナ－へ向かう。
　白ふくろうにルリコンゴウインコ、ヒクイドリにフラミンゴ、桃色ペリカン、オオサイチョウ。
　そして、シマエナガ。
　体長１２ｃｍほどのシマエナガは、仕草や雰囲気がスズメと良く似ていた。
　違うのは、真っ白な頭部だろうか。
　数羽のシマエナガは寄り添って止まり木で休んでいた。
　つぶらな黒い瞳が、時子をじっと見つめている。
　時子は、その大きな澄んだ瞳を閉じて、強く、願う。
　小鳥達と、お話したいと。
　願いは直ぐに叶った。
　時子を見つめていたシマエナガが、語りかけてくる。
『ときこちゃんときこちゃん、今日も来てくれたのね』
　時子はすっと周囲に目線を走らせ、側に人がいないことを確認してから、小声で答える。
「皆さんとお会いしたかったわ。シマエナガのシロオさん、元気にしていましたか……？」
『名前をちゃんと覚えてくれていたのね。みんな、げんきよ』
「ここ最近、急に気温が上がって暑くなりましたよね。シロオさん達シマエナガさんは北の出身だったはず。熱さが堪えているのではありませんか？」
『そうね。わたしは二代目だから、生まれも育ちも寝子島なのよ。でも、あちらのクロネさんとコロンさんは、少し疲れているわ』
「クロネさんとコロンさんはご高齢ですものね」
　そろそろ北海道から寝子島に来て１０年近くなるクロネとコロンは、ケ－ジの奥の水場で水浴びをしていた。
　ケ－ジは日陰にあるとはいえ、野外。
　東北育ちの身には、寝子島の暑さは堪えるだろう。
　だが時子の心配をよそに、クロネとコロンはパタパタと時子の目の前の止まり木に飛び移ってきた。
『誰が高齢じゃいっ！　年寄り扱いするもんじゃぁ、ないっ！』
『そうじゃそうじゃっ。わしもじいさまもまだまだ若いぞいっ。暑さがなんじゃっ、そんなもの、この羽で吹き飛ばしてくれるわいっ』
　クロネとコロンは代わるがわる口を尖らせる。
「これはこれは、大変失礼いたしました。お元気そうで、なによりですね」
『うむ、わかればよいのじゃ。まぁ、お主も、健康には気をつけるんじゃぞい？』
『そうじゃそうじゃ、時子も水浴びをするがよいぞっ』
「そうですね。お気遣い、ありがとうございます」
　礼儀正しく深々とお辞儀をすると、時子はシマエナガ達に別れを告げ、次の小鳥達へと向かう。
（随分、恋人同士の方が増えましたね）
　いつの間にか、夕暮れを迎えていた園内に、時子はほんのり頬を赤らめる。
（私も、いつか大切な人と……）
　脳裏に浮かぶのは、科学室のあの人。
　いつもボサボサの髪で、痩せていて、それでいて、とても、優しくて。
　どきどきする胸の高鳴りを抑えるように、時子は深呼吸。
「小鳥さんも、お家に帰りますか？」
　木の上から、チチチッと鳴いて時子を見つめる野鳥に、時子は声をかける。
　小鳥は頷くようにもう一度鳴いて、時子の肩に降りてくる。
　時子と小鳥は、人目を避けながら談笑し、帰路に着いた。　