おいでませ！　おひとりさま｜リアクション

おいでませ！　おひとりさま

（やけに静かだな）
　瀧原玲衣はふと周囲を見渡す。
　いつも控えているはずのメイド達の姿が見えない。
（そういえば昨日クビにしたんだっけか）
　特に深い理由などはなかったが、玲衣は気まぐれにメイド達を首にしたのだ。
　そう、クビにした事を忘れるぐらいに、どうでもよい事だった。
　いつもなら適当にメイドに厄介事を命じてからかう玲衣だが、誰もいないとなると……。
（暇だな）
　メイドをクビになどしなければ良かったのかもしれないが、後の祭り。
　適当な暇つぶしを考えねば、玲衣はこの広い家の中で退屈すぎる休日を過ごす羽目になる。
　そんな事はごめんだった。
（学校も夏休みだし、宿題もおわってるし）
　ふと、窓の外を見る。
　遠くに見える九夜山の緑の山肌が、玲衣の興味を誘った。
（……よし、山登りでもしてみるのもいいだろう）
　思い立ったが吉日。
　玲衣は即座に準備すると、直ぐに九夜山に向かった。
　道といえば道なのだが、緩やかな斜面は平地のそれとは異なる。
　だが、不安定な道を玲衣は足をとられる事無く進んでいく。
（本当に妙なものがあるもんだな）
　目の端に映った赤い鳥居に、玲衣は足を止める。
（色々曰くあるところだそうだとは、聞いていたが）
　玲衣は道を逸れ、赤い鳥居を潜り抜ける。
　すぐ目の前に、寂れた神社があった。
　山の中にある神社にしては意外と大きい。
（盛者必衰。どんなに金をかけて建てた物も、省みるものがいなくなれば醜く朽ち果てる）
　人の手が入っていたころはそれなりの規模を誇っていたであろう神社は、いまはもう、昔の面影をほんのりと残すのみ。
　朱色で彩られていたであろう柱は色が剥げ落ち、真鍮製の大きな本坪鈴は、下から見上げて見えている範囲だけでも、錆付いているのが分かる。
　本坪鈴が取り付けられた鈴紐も、本来ならば赤や白、紫の色鮮やかなものであったろうに。いまはもう日焼けして元の色がわからない。
　それでも、玲衣は鈴紐に手を伸ばし、本坪鈴を鳴らす。
　ずっと鳴らされていなかったであろう本坪鈴は、錆びてもなおその音色は高く澄んでいた。
（うち捨てられたものを見ると、心が安らぐのだ）
　鈴音を胸に、玲衣は遠くを見つめる。
　捨てられたモノ。
　それは、以前の玲衣と同じモノ。
（まあ、いいさ）
　玲衣はデジカメを取り出して、神社を撮影する。
（神社といえば、落神神社もあるな）
　ここからだと、何分ぐらいでつくだろう？
（何分でも時間はたっぷりあるしな）
　ついでに遊園地に寄ってもいいかもしれない。
　玲衣はいろいろと今日の予定を盛り込みつつ、颯爽と山を降りていった。