ご先祖様、奮闘す。｜リアクション

ご先祖様、奮闘す。

　花菱朱音は自分と同じ顔をした青年の胸をぺたぺたを撫でて――触れても感触がないからこそ彼は抵抗しないのだが――ほほうと唸った。
「自分そっくりな顔の男の人、初めて見ました！」
「そりゃそうだろ。俺も子孫に胸撫で回されるのは初めてだ」
　そもそも喉元や骨格見ればわかるだろ、と青年姿をした朱音の先祖は呆れて空を仰いだ。
「……ずっと見てたけど、怪談――今は都市伝説って言うのか？　それが絡むとお前さんは躊躇ないな。俺が生身だったら撫で回したか？」
「相手がご先祖様ならやるかもしれません。その場合ご先祖様は現世に転生？　それとも憑依ですか？」
　興味津々の朱音に先祖は顔を顰めた。
　先祖はずっとあの世から子孫を見守っていたが、中でも朱音の様子には危うさを感じていた。事実彼女は度々危険な目に遭いかけている。今まではどうにか無事だったが、今後ともそうとは限らない。
「お前さん最近、人と人でないものの間でよく揺らいでいるだろう？　気を付けんと戻れなくなるぞ」
「あーうー、自覚はあります。気を付けますー」
　先祖の指摘が耳に痛いのか朱音は誤魔化すように大きな声で返事する。すう、と先祖の目が細くなった。

「『都市子さん』」

　その名に朱音はぎくりと肩を震わせた。
「まぁ、俺も怪談話が好きだったからわからんでもないが……お前といいあの子といい、いらんとこまで似てしもて……」
「ご先祖様も怪談話好きだったの！？」
「一応それで咄家やっていたからのぅ。お前さん説教中ってこと忘れとらんか？」
　先祖は子孫の反応に大きくため息をつく。怖いもの見たさの誘惑はよくわかる。しかし怖さに呑まれかけていては、他の良くないモノを呼び寄せることになる。
「いっそ落語の事だけ熱心になってくれたらいいのにのぅ」
　ぼやく先祖に朱音は口ごもる。あくまで彼女にとって従兄と同じく落語は趣味なのだ。熱心になれと言われても無理がある。
（落語好きで落語上手なご先祖様がいたって話は聞いてたけど……ほんとだったんだねぇ……）
　朱音はふと先祖がどんな噺をするのか興味が沸いた。
「あ、ご先祖様！　よかったら怪談話を一席どうですか？　昔のやつとか今と違ったとこもあるかも……」
「嫌だ」
「えっ、なんで？」
　断られると思っていなかったのか、朱音は驚きの顔で先祖を見た。
「話したらお前さんもっと自制が利かなくなるだろ。俺のは一部で本物を呼ぶって言われたこともあるんでな。お前さんにこのままふらふらされたんじゃ困る」
「そんなにすごいの！？　ご先祖様、お願い！　ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから！　触りだけでも教えてっ！」
「……お前さん、反省しとらんだろ？　後で泣く羽目になっても俺は助けてやれるかどうかわからんぞ」
　ちゃんと気をつけろよ、と言い添え先祖はナスの精霊馬を手に取った。
「てかもう帰っちゃうのご先祖様ー！？」
「お前さんが良い子にしてればまた会いに来てやるさ」
　変化させた雄牛に乗り、先祖はあの世へ帰っていく。
「良い子かぁ……」
　先日鳥居にて釘を刺されたばかりだが、自分の自制心がどこまで持つのか朱音にもわからなかった。