夕暮鳥居のその向こう｜リアクション

夕暮鳥居のその向こう

　夏の夕暮れを負って立つ鳥居を潜る。
　参道に沿うて広がる雑木林の木立を抜ける間に冷えた夕風に柔らかく波打つ金髪を撫でられ、五十士柊斗は面の内に隠した菫の眼を穏かに和ませる。
　時代も流行りも、材質さえもバラバラな、様々の面を掛けたどこか不思議な雰囲気の人々が行き交う。
　寝子島に生きているひと達のような、そうでないような。
　石畳の参道の左右で商われている露店を見遣れば、林檎飴や射的やフツウのものに混ざって、そうでないものが混在している。
　周囲にざわめくフツウでないもの達に、けれど柊斗は心惹かれた。
　人込みに紛れ、面越しの視線を周りに投げる。
　楽しげに歩いて行く面を掛けた人々も、賑やかな屋台の呼び込みも、縁日独特の食べ物も、祭りに溶け込んで存在する奇妙なものたちも、何もかもが物珍しかった。
　のんびりと歩を進める柊斗の脇を、浴衣の子供達が手を繋いで駆け抜ける。
　揃いの浴衣に揃いの面、面の結わえ紐の回る頭の髪は揃って透き通るような金の色。
　手を引かれていた方の幼い少女が転ぶ。手が解けて、手を引いていた方の少し年嵩らしい少年が慌てて少女の傍にしゃがみこむ。
(兄妹か)
　妹が泣き出し、兄が困ったように宥め始める。
　そう言えば自分たちにもこんな頃があった。幼い頃はよく二人で手を繋いで一緒に歩いた。
　三歳年下の妹ももう高校生で、だからもう今ではお互い手を繋ぐような年齢ではないけれど。
　あの妹なら、平気で笑ってせがんできそうな気もした。
　――手、つないで。おにいちゃん。
　幼い頃、そう言って必死に伸ばして来た小さな手を思い出す。
　寝子島に移り住んでから、妹との交流はメールを主にしている。寝子島に遊びに来たい、と兄を慕う妹のおねだりをだましだましかわし続けているには、理由がある。
　妹が伸ばしてくる手を取ることはできないのは、年齢だけのせいではない。
(俺にそんな資格はない)
　妹の手を取ってはならない。妹に近づいてはならない。自身の感情を表に出してはならない。
　あの時の、蹲る妹の小さな背中を覚えている。　
　あの時の、身を苛む激しい後悔を覚えている。
　自分の無謀さで大切な妹を傷つけてしまったことを、忘れてはならない。忘れず己を戒め続けなくてはならない。罰し続けなくてはならない。
　浴衣の兄妹の姿はいつか人込みに消えている。
　息を吐き出す。寂寞とした思いをどうしようもないまま、感情を面の奥に隠して縁日の参道を歩く。
　賑やかにざわめく人々のその波に、いつかまた会いたいと思っていた銀の髪の少女の姿を、――こんな人込みのうちに、その人を、見つけた。
　何気ない風を装い、エリューシア・セリアンに声を掛けようとして、止める。
　ヨーヨーを大事そうに抱いて、一見、祭を楽しんでいるように見える彼女が、どうしてだろう、泣いている気がした。
　人波に流されて歩いて行く彼女の、悲しげな背中を追う。幾度も止めようとして、けれどその背中の悲しさがどうしても気になって、
「エリューシアさん」
　追い続けてきた勢いのまま、エリューシアの手を掴む。
「あ、……ごめん」
　掴んでから、慌てた。銀の髪を震わせ振り返る兎の面の少女に謝り手を離す。
「柊斗さま」
　手を取ったことを咎めることなく、エリューシアが丁寧なお辞儀をする。己が名を呼ぶ声音に柔らかな笑みが含まれていて、柊斗は安堵する。
「一緒に歩いてもいいかい？」
「はい」
　安堵する己を僅かに嫌悪して、それでも、誰にも気付かれずに涙を流す彼女を放ってはおけなかった。
　初めて出会った時のように手を繋ごうとして、思い留まる。傍らにただ寄り添って、茜空の下を歩き始める。