夕暮鳥居のその向こう｜リアクション

夕暮鳥居のその向こう

　薄紅と黄金の混じった夕空に、縁を薄紫に彩らせた淡桃色の入道雲が立ち上がる。
　仰いだ視界一面を染める茜の夕空に、鴇波羽衣は幼く見られがちな大きな黒の眼を細めた。
　茜の色を集めて、色素の薄い茶色の髪が朱金に染まる。
　一番に好きな空の茜色に、羽衣は唇を淡く笑ませる。どこか懐かしい色した光の中に立てば、素の自分に戻れる、そんな気がした。
　鳥居の前に立つ翁面の男からふくろうの面を受け取り、素直に被る。賑やかな祭の音に心を浮き立たせ、軽やかな足取りで鳥居を潜る。
「わあ！」
　小さな子供のように思わず声を上げる。
(ちっちゃかった頃、こんなお祭りに来たことあったよね)
　今とあまり変わらないけれど、今よりももっと幼かった頃に、こんな風な夕日の色に染まった神社のお祭りに来たことがある。
　蘇る記憶と同じように、跳ねるように駆け出す。
　屋台の軒に掛かる白熱灯の光を浴びて鱗をきらきら光らせる赤や黒の金魚に見惚れ、ついでに人面魚を見つけて驚いた拍子に尻餅をつく。
「びっくりした……！」
　どきどきする胸を押さえて立ち上がる。スカートの裾に着いた土を払って、ふと投げた視線の向こう、見覚えのある人を見つけた。
　屋台を見回しながら参道を奥へと歩いて行く、優しい背中。肩越しに見えた横顔はお面を被っていたけれど、分かる。
「おばあちゃん！」
　本土にいるはずの祖母の背中に、羽衣は駆け出す。
「おばあちゃん！　どうしてここに？」
　久しぶりに会えた嬉しさに思わず抱きつけば、
「羽衣ちゃん」
　柔らかな声と一緒に、祖母はしっかりと抱きとめてくれた。
「いつまでも甘えんぼさんだね」
「だって、おばあちゃんだもん」
　祖母の肩に額を押し付ける。おばあちゃんの匂いがとても懐かしくて嬉しくて、羽衣は面に隠れた祖母の顔を覗きこむ。
「一緒に屋台巡りしよ！」
「そうね」
　寝子島に居る筈のない祖母と手を繋ぎ、夕日の色に染まる縁日の境内を巡る。
　ラムネのしゅわしゅわ噴き出す甘い泡に二人で歓声をあげたり、瓶の中の入っているビー玉を夕日に翳して二人で眺めてみたり。祖母と過ごす夏のお祭はとても楽しかった。全力で甘えてくっつかせてくれるおばあちゃんが大好きだった。
　本当は、ずっとこうして二人で一緒に居たかった。
　でも。
「おばあちゃんはそろそろ行かなくっちゃ」
　寂しそうに呟き、祖母は羽衣の手をそっと離す。
「羽衣ちゃんは、ちゃんとお家に帰るのよ」
　じゃあね、と手を振り、祖母はざわめく人込みの中へ踵を返す。誰も彼もがお面を被ったひとの形をしたもの達の中に、歩いて行ってしまう――
「だめ！」
　羽衣は咄嗟に手を伸ばす。背中を向けて歩き出す祖母の腕に、全身でしがみつく。
　どうしてだろう、このまま行かせてはならない気がした。
「おばあちゃんも一緒に来るの！」
「羽衣ちゃん」
　困惑したような声を上げる祖母の腕を強引に引いて、元来た道を辿る。面を被ったひと達が不思議そうに振り返る。羽衣達とは反対の方向へ流れる人波を分け、入ってきた鳥居に何とか辿り着いたところで、
「待て」
「痛っ」
　羽衣は翁面の男にきつく腕を掴まれた。
「それを、お前が決めてはならぬ」
　朱の光が翁面に濃い影を落とす。呵呵大笑する老翁の面が、恐ろしく厳格な表情を宿して見えて、羽衣は戸惑う。
「でも」
　言いかけて、気付く。
　後ろに引っ張ってきていたはずの祖母の姿がない。
「おばあちゃん」
　悲鳴のような声で祖母を呼んだ、次の刹那。
「あれ？」
　茜の空が、時間を巻き戻したような夏の青空に取って代わられていた。蝉時雨に打たれて見回す周りに、夕日の中に立つ鳥居は影も形も見当たらない。
(夢だったのかな……)
　けれど、最後に頭を撫でられた感触ははっきり残っている。
　――また会いに来てね
　そう言ってくれた声をしっかりと覚えている。
　大好きなおばあちゃんの掌の感触を確かめて、羽衣は両手で自分の頭に触れる。
(うん、大丈夫)
　今度は本当におばあちゃんに会いに行こう。
　だって、夏休みはまだまだこれからだもの。

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あとがき

担当マスター：阿瀬春
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　黄昏時のひととき、お届けさせていただきました。
　少し不思議な縁日、お楽しみ頂けましたら幸いです。

　色んな場面や色んな気持ちを書くことが出来てとても楽しかったです。
　それぞれのPCさまのそれぞれの姿、きちんと描くことができておりましたでしょうか。

　ご参加、ありがとうございました。
　またそのうち、お会いできましたら嬉しいです。

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