ぺちゃくちゃ、むしゃむしゃ｜リアクション

ぺちゃくちゃ、むしゃむしゃ

　檜扇舞華が道なりに歩いている。それとなく周囲の目を引き寄せた。赤い髪からは黒猫の耳が飛び出していた。左右の赤いツインテールは猫の尻尾のように揺れ動く。
　真っ新な白いエプロンが印象的でメイドを思わせた。使いの途中なのか。長方形の箱を両方の掌で支えていた。
　その姿を視界に入れた修が声を掛ける。
「主人の使いか？」
「今日は違いますよ。メイド業務は主に平日の昼から夜なので」
「なんて愛らしい姿のメイドさんなんだ。俺が逆にご奉仕したくなるぜ」
　信彦は最高の笑顔で舞華を迎えた。
「奉仕する側なので遠慮いたします。今日は課外授業に来ました。澪乃さん、これは京都の八つ橋というお菓子です。ご笑納ください」
　事前に情報を仕入れているのか。目を丸くした澄佳に迷うことなく箱を差し出す。一連の動作を見届けてから修が話を切り出した。
「課外授業の内容は何ですか。まさかメイドの心得とかではないですよね」
「違いますよ。授業とは言いましたが『方言を練習しよう』みたいな緩い感じです」
　舞華は海を背にして立って一礼をした。居合わせた者達がそれに倣う。
「一介のメイドではありますが、寝子島アニメーション学院に通う声優志望でもあります。こちらの会にお邪魔した目的は方言による会話ですね」
「京都弁が聞けるのですね」
　美咲紀が身を乗り出した。その様子に舞華は、なるほど、と口にした。
「京都の名産品を持参しましたが、出身地は京都ではありませんよ、練習はしましたが。試しに関西弁の京都寄りで話してみましょうか」
「よろしくお願いしますですっ」
　舞華は喉の調子を整えるような間を空けた。愛らしい表情が引き締まり、大人の雰囲気を醸し出す。
「八つ橋は意外と簡単に作れてしまうんや。白玉粉にお米粉やろ。きび砂糖ば足してレンジでチンしたらな、これをのばーしして生地にしはる。あとは抹茶なり黄粉なり振りかけて、餡子を餃子みたく畳んだら完成どす。粗方は省略したんやけど簡単やしょ？」
　誰からとなく拍手が起こる。女優然とした様子で舞華は各々に頭を下げた。
「声優を志した以上、方言キャラを避けては通れません。標準語だけで成功しようなんて甘すぎです。キャラ愛があるなら、方言も愛して自由に使えるようにならないといけません」
　熱弁を振るう舞華に瑞穂が控え目に言った。
「方言を誰かに聞かれても恥ずかしくはないのですか」
「キャラ愛が全てを乗り越えるのです。こぎゃんふうにやね。キャラの口調に合わせてイントネーションも気ば付けんと、コアなファンは納得ばせんちゃ。ま、あっしん出身は言わんでおきましょたい。そん方が楽しかー」
「本当に楽しそうで……うちも肩が軽くなる感じがするとよ」
　朗らかな顔で瑞穂は方言を口にした。合格という風に舞華は人差し指と親指で輪を作って見せた。
「生まれも育ちも東京の俺には方言にちょっとした憧れがあるな」
「東京弁というのもありますが、八神さんのことです。方言も学んでいるのでしょ？」
　見透かしたような台詞に修は、まあ、と照れた様子で返した。
「ほな、大阪弁で話させて貰うわ。ほんまは広島弁と迷ったんやけどな。『じゃけぇ』の語尾がカッコええやろ？」
「沖縄弁でいうと『ちびらーさん』だね。若い人には『でぇ～じかっこいい』の方がいいかな」
　鳴はリンゴジュースを飲んだ。甘くて美味しい、と満面の笑顔で言った。
「ま、大阪弁の方が温かい感じがするわな。凄んだら怖いんやけど、そこも魅力の一つ、ちゅ～うわけやな」
「八神さん、発音が完璧です。熱烈なキャラ愛ですね」
「……せやな」
　舞華の笑顔に押し切られ、修は微妙な顔で返した。

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