ぺちゃくちゃ、むしゃむしゃ｜リアクション

ぺちゃくちゃ、むしゃむしゃ

　白いワンピース姿の椿美咲紀が海沿いの道を元気に歩いていた。黒いポニーテールが跳ねるように動く。
　その時、前方を行く人物の背中に目がいった。細身の体型でシャツとズボンは白く、清潔感を漂わせている。横手からの海風で茶色の髪が乱れ、左右の長さが違うように見えた。
　瞬間、美咲紀は笑顔で駆け出した。
「八神ぶちょーも、ねこったーを見て取材に来たんですかー」
　振り返った八神修は口の端に笑みを浮かべる。
「情報は一つではないよ。確かにねこったーは動く切っ掛けにはなったが」
「さすがは新聞部のぶちょーさんです！　それ、お土産ですか？」
　美咲紀は修の手にしたビニール袋に目を向けた。
「フローズンプリンを持参した。今日のような暑い日には美味しくいただけるだろう」
「いいですね。私、どんなプリンも美味しくいただけますっ」
「いや、これは取材に協力して貰う為のプリンであって」
「八神ぶちょー、早く行きましょう！」
　美咲紀はスカートの裾を翻し、大股で歩いた。位置が入れ替わって修が付いていく形となった。
　前触れもなく、美咲紀が走り出した。
「方言の会の皆さーん。新聞部が取材に来ましたよ。お土産は夏にぴったりの冷たいプリンですっ」
　美咲紀は後ろに向かって大きく手招きをした。僅かに遅れた修が困ったような笑みのあと、一同に向かって軽く頭を下げた。
「方言について興味がありまして、取材という形で参加してもいいですか」
「あたしはいいですよう。方言でのんびり、くっちゃべる会だからねえ」
「ありがとうございます。これはお近づきの印です」
　修が差し出したビニール袋を澄佳が両手で受け取った。側では美咲紀が思い付いたような素早い動作でＩＣレコーダーを手にした。
「忘れるといけないから、録音してもいいかな？」
　好意的な意見が集まって快諾された。俺はこれで、と修は記者らしく、革製の手帳にペンを取り出し、適当なところに腰を下ろした。美咲紀は隣に座って澄佳に勧められたシフォンケーキを口にして幸せそうな笑みを浮かべる。
　ちょっといいかな、と七瀬が手を上げた。
「澄佳が北海道なのは知ってるけど、鳴は沖縄やったっけ？　色々と喋って聞かせて欲しいですね」
「私も興味あるわ」
　瑞穂は鳴に視線を向けた。本人は麦藁帽子を深く被り直し、困ったような表情で笑った。代わりに修が思いを口にした。
「日本語は美しい言語だよね。方言からは土地や歴史も見えてくる。そう、歴史と言えば琉球語は本土復帰で急速に使用者が減っている。別言語だとする見方もある」
「ま、若い世代のあたしらも古い言葉はわからないよ。今日みたいな日には『あちさぬー』って無意識に出るかもね」
「いきなりの方言ですよ！　是非、意味を教えてくださいですです」
　美咲紀は鳴にＩＣレコーダーを向けた。言葉を待ち切れない表情が笑って白い八重歯を覗かせる。
「そんなに期待されても困るわ。暑いって意味だし」
「ええー、暑いって意味なんですかっ」
　美咲紀は仰け反った。驚嘆した表情でＩＣレコーダーを握る手が震える。
「沖縄の人なのに本当に暑いんですかっ！」
「また、それなのー」
　鳴は横に倒れて見せた。事情を知っている澄佳と瑞穂は堪え切れずに笑い声を漏らす。仕方ないわね、と緩やかに身を起こした本人も笑っていた。

このページにイラストを設定する