シーサイドタウン二丁目『オカマバー・ネコ』｜リアクション

シーサイドタウン二丁目『オカマバー・ネコ』

●オネエ観察

　まだ喧騒はなく、似合わない静けさを背負った店を鉄衛守は無言で見据えていた。
(あれはお嬢様の担任……)
　衛守の視線は未だフジコを追うように、オカマバー『ネコ』に注がれていた。
(この類の店は仕事で数回訪れたことがあるが寝子島にもあったとはな)
　そうしてしばらくして、看板に開店を示すネオンが灯る。
　衛守は教師がこんなところに――と眉をひそめるでもなくその戸に手を掛けた。
　この機会に話を聞いてみるか、と。
　そうして衛守が店に足を踏み入れるとさっそく「はーい！　いらっしゃーい」と景気のいい出向かえを受けた。
「お席にご案内しますっ！」
　そしてすぐさま、長い黒髪を揺らしてゆかり(大江山結月)が駆け寄ってきた。
　小さく頷いて彼女の後に続く。目配せをして、フジコの座る席だけは確認して。
「こちらになります！」
　小さな身体をぺこんと折り曲げて、ゆかりが頭を下げた。
　コルセット風のワンピースゆえに胸元が見えるということはなかったが、パニエで大きく膨らんだスカート部分は、虫を誘う華のようにゆらゆらと揺れていた。
　衛守がつぶさに観察していると、あっという間にキャストが集まってきて、彼らは明らかにギャグだろうと思われる見た目の者や、相撲への転職を薦めたくなる者、それなりに可愛らしい者と多種多様であった。
　けれど見た目に騙されてはいけない。
(従業員達は観察眼に優れ、情報に通じている者が多い)
　衛守は静かに頷いてから、ウイスキーを注文した。
「もーお兄さんったらいい男ぉ！」　
「で、ですよね！　ゆず、ゆかりもそう思います！」
　なにを言わずとも聞かずとも始まるトークに耳を傾けながら、つまみを待つ衛守。
(あまりに無愛想ではつまらない客だろうな)
　けれどそんな淡々とした気持ちで接していると、次第にその手は引いていった。
「お待たせいたしました、ご主人様」
　しなやかなお辞儀をして、しい(獅子島市子)が酒やつまみをテーブルに並べていく。
「やだ、しいちゃんったら。ご主人様だなんて～」
「その……まだ不慣れなもので、粗相をしないようにするだけで精一杯で、」
　お嫌でしたか？
　憂いを帯びた瞳でそう言われると、衛守もどう答えていいものか一瞬悩んでしまう。
　注がれたばかりのウイスキーを煽り、「気にしなくていい」とだけどうにか告げるのだった。
「フジコちゃんってばセンセーなの？」
　意識をしいからフジコに移す。
「意外かしら？」
「なにちょっと凹んでんのよぉ美人が台無しじゃなぁい♪」
　彼女はバニーガールと楽しそうに話しており、今は話しかけるタイミングではないらしいと判断する。
「サングラスとかも似合いそうよね。ちょっとアブナイ男って感じでぇ」
「そういうものが流行っているのか？」
　そうして衛守はオネエたちとの会話に戻り、適度に質問を挟む。
「別にそういうわけじゃないけど、女だったら一度くらい男の人に強引に持ってかれたいわよね～」
「ね～」とオネエたちは声を合わせて笑い合った。
「そうなのか」
　爽やかな笑み――営業スマイルを浮かべる。
　質問に答えてくれたご褒美とでもいうように。
「そ、そうなのよ！」
　ワントーン高くなった声を聞くとすぐに元の表情に戻し、衛守はグラスを煽った。
　しかし――中には女性や明らかに場馴れしていない従業員も見受けられるな。
　衛守は誰にもわからないようにクスと笑う。
「注いでくれないか」
　衛守がそっとゆかりの肩に触れ頼むと、ゆかりは一瞬だけ目ではわからない程度に肩を震わせた。
(接触した時の反応が違うので分かりやすい)
　普段は血反吐を吐くような思いで笑顔を振りまいているというのに、このときばかりは自然と笑みが浮かんでいた。

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