乙女と女王と花百合の森｜リアクション

乙女と女王と花百合の森

◯中の

『早く森にいる鳥を見つけなきゃ。
　だって鳥は可愛らしいんですもの。
　だって人間に興味なんてないんですもの』
　そんな理屈で、吉祥寺黒子を見捨て、お茶会から離れた大天使天吏はがっくりとうなだれていた。これほど自然に満ち溢れ、美しい森だというのに、虫がいない。虫がいなければ鳥もいない。
　それでも、もしかすると。そんな一縷の可能性にかけて、あちこちと、木の影を、枝の影を、見て回った。
　ピピ、チチチ。
　努力は報われた。
　真っ青なカワセミでも、スマートなアオハズクでもない、シミひとつない真っ白な小鳥だった。
　なんて、綺麗なんだろう。
「おいで……怖くないよ」
　チチチ、チチ。答えてくれる小鳥を安心させようとしたわけでもないのに、天吏は自然と微笑んでいた。本当にささやかなものではあるけれど。
「そう、おいで」
　小鳥は、ゆっくり、ゆっくり、と下りてきて、天吏の肩で羽を休めた。
「……ちち、ちち」
　指で小鳥と戯れる。触れるたびにぴり、ぴりと走る電気も、嫌なものではない。
　けれど。至福のときを邪魔する声が聞こえてきた。
　鳥を探すためにずいぶんと離れたつもりだったのに、実際はそうではなかったらしい。
　声は七夜あおい、綾辻綾花、天馬ひびきのものだった。
「ねぇ、あおいちゃん……髪、触ってもいい？」
「う、うん。ひびきちゃんになら」
　綾花が対面してあおいを膝に抱き、その背後でひびきがあおいの髪を梳いている。
「にゃあ～、あおいちゃんの髪、綺麗だね」
「あ、ありがと、」
　あおいは頬を染めながら、綾花の胸に擦り寄った。
　なぜそんなことになっているのか、天吏には興味はなかった。だから探ろうともしない。
　けれど誰にも知られなくとも、きちんと理由はあった。
　そう、最初の――綾花の胸に宮祀智瑜がダイブした時、綾花は怒るのではなく、むしろもっと胸に触れて欲しいと望んだ。唯一正気な智瑜は、「ごめんなさい」と言ってその場を離れてしまい、次の標的があおいとなった。
　だが、ひびきはそれを許さない。「お茶が駄目ならクッキーを楽しめばいいじゃない」という理論で、ふたりにクッキーを勧め――その結果が現状なのだ。
「まぁ、こちらの皆さんも仲良しなのね」
　そこへ、現れる女主人。
「そんな皆さんにはこちらを」
　そしていつも通りの流れで花の蜜を三人に塗ろうとしていた。
(関係ないわ……)
　天吏は腕に止まる小鳥を撫でて、くるんと踵を返した。のに。
「待って……、下さい！」
「……なに？」
　引き止めたのはあおいだった。まっすぐに天吏を見つめ、泣きそうな顔をして言った。
「あの、私、天吏ちゃんのことが……」
　なぜそんな顔をしているのか。興味なんてない。
　でも、身体が熱いのは天吏も一緒だった。つかつかと天吏の方から歩み寄り、そしてーー
「結局はこういうことがしたいんでしょ？」
　あおいをそのまま、柔らかい青草の生える地面へと押し倒す。
「私は構わないから早くして頂戴」
　無表情で迫る天吏。
「……そんな、つもりじゃ、ないの」
　ポロポロと涙を流すあおい。
　なんで泣くの。
　わからない、わからないけど。
　ピピピ……チチ。真っ白な彼も悲しそうに鳴くから。
　天吏はあおいの涙をすくいあげ、まぶたにちゅっと口吻を落とした。