乙女と女王と花百合の森｜リアクション

乙女と女王と花百合の森

◯物語の

　天馬ひびきの意識がはっきりとしてきたとき(といっても普段と比べたらまだまだなのだけれど)、綾辻綾花に膝枕をされていた。
(えっと、)
　そばにはまどろんでいる七夜あおいと、いささか不機嫌そうな大天使天吏の姿もあった。それから――
「……もうお嫁にいけないよ、」
　とすすり泣くのは吉祥寺黒子。
「だって、これ元に戻っても記憶とか残ってるんでしょ？」
　身ぐるみを剥がれ、好き勝手に弄ばれたのだから、ぐすん、ひっくと泣いてしまうのも仕方ない。だが、そこで終わる黒子ではない。
　ぬっと立ち上がり、女主人を指さし吠えた。
「てめぇ！　望まない恋させられたからといって俺達にもてめぇと同じ目に遭わせるんじゃねェよ！」
　女主人は芽森菜々緒とエレノア・エインズワースにその細い指を伸ばしているところ。
「話し相手くらいにはなってやるから次からやる時は普通のお茶会にしやがれ！」
　だから忙しいのと言わんばかりに彼女は黒子を無視した。
(……ちょっと、かわいそうかも)
　ひびきは、そんなふうに他人を見る余裕がある程度には意識がはっきりしていた。
「って無視すんじゃねー！」
　そんな叫びを跳ね除けるように、パシン。小気味いい音が森をめぐり、木霊する。
　音の元は、エレノアの小さな手と、女主人の細く白い手。
「で、いい加減瞼に蜜を塗ろうとする手を払いのけるのも飽きたのですが」
「あら、ふふ。そんなことおっしゃらないでちょうだ――」
「今穢れなき乙女に意識が向いてるんです」
「まぁ、」
　だめ。ひびきは叫ぼうと口を開く。しかし、『正気』のエレノアよりも早く声を出すには至らなかった。
「媚薬塗られてロバと盛った年増には興味ねーんだよ」
　核心を突いた。
「怒りましたか？」
　心底楽しそうに笑うエレノアが恐ろしい。ひびきの指先が震え、綾花が心配そうに手を握る。
「でも花の蜜を乱用して美少女に八つ当たりしたところで過去は変えられません。誰も他人の手垢の付いたティーカップを使おうとは思わないでしょう？」
　非常に、わかりやす『すぎる』エレノアの言葉に、聞いているひびきの胸がズキズキと痛んだ。そんな言い方しないで、みんなでクッキーを食べようよ。そう笑いかけたいのに、重たい身体と思考がひびきの行動を阻む。
「暴力を振るいたいなら相手になります。殴り合いには自信がありますから」
　エレノアは本気だった。ひびきの目にも、そう映る。そしてその後ろに控えている菜々緒も、エレノアを止めるどころか加勢しようとしているようにしか見えない笑顔を浮かべている。
(にゃあ～どうしたらいいのかなぁ)
　綾花が不安げにひびきを抱きしめる。
「本当に面白い方々ですこと。利口で、その上行動力があって。私も貴女のような方となら恋に落ちてみたかったわ」
「お褒めに預かり光栄です」
「ええ、本当に貴女たちみたいな方と愛し合いたかったわ。皆、美人で、皆、楽しくて。どなたとでも喜んで、ですわ」
「ずいぶんお盛んなんですね」
「ええ、ええ、そんな憎まれ口だって可愛いものよ、アレに比べれば……！」
　だいじょうぶだから。ひびきは綾花を撫で、あおいと天吏に微笑みかけ、一触即発の輪へと歩み寄った。
「なんで私はロバとなの！？」
　わかっていたけれど、それでもその悲痛な叫びに一瞬呑まれそうになるひびき。
「……ふざけんなって言いたくもなりますわよね、本当に」
　笑い飛ばすことは簡単だけれど、でも、彼女の悲しみは深かったのだ。
「これだから、男も、男の要素を持つ生き物も信用なりませんの……」
　涙こそ流さないが、流せないその分、女主人の痛みは大きくねじ曲がってしまったのかもしれない。
「しばらく主人の顔も見たくありません。それよりも可愛い貴方たちと楽しみたいわ……うふふ」
　だからといってこんな風に巻き込むことが許されるわけではないし、彼女がけっきょくどうしたいのかも分からない。
「よく分かんないけど、それならタイターニア様にも塗ったげるねっ」
　これを塗れば、素敵なことが起きるんだよね？
「あら、貴女も私のことご存知なの」
「だってまぶたの蜜って夏の夜の夢でしょ？　女王様じゃないの？　オーベロン様に愛されてらっしゃるとい……う！」
　言いながら蜜をすくい、女主人の、タイターニアのまぶたに塗りつける。
「いや、やめて……、私は、まだまだあの人たちを許していないのよ……！」
　やめて！
　悲鳴が白い光に変わり、意識が途切れる。
　もっと、クッキー食べたかったなあ。作り方、聞けばよかったなあ。今更になってひびきはお茶会が恋しくなった。

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乙女と女王と花百合の森

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