はや瀬のぞめき｜リアクション

はや瀬のぞめき

　　【正シイ笑顔の使い方】

　お昼時も近く、日が高くなってきた。
　入り口から差し込む光もお店に差し込み床を照らしこむ。
　「さぁ。かきいれ時ですから、今日も頑張りましょう！」
　気合を入れて、鬼崎あやめは店の中から一歩先の路上へと出た。
　
　この定食屋『おにざき』は、本来叔父の店である。
　しかし、その叔父が働かない。働かない。
　今日も元気に朝日を浴びて、パチスロへと旅に出る始末。
　その為、この店は実質あやめが一人で店を管理していた。

　「あのマダオが仕事してくれないので遠くへ客引きに行けないのが残念ですが」
　マダオとはもちろん、叔父の事である。
　あやめは、それからこの上ない満面の笑顔、と云う名の『かつて無い程の営業スマイル』を浮かべて、人が少ない中ぽつりと１人道行く素朴な観光客に目をつけた。
　感覚からも、何となく『大丈夫』な気配がする。
　「あ、大丈夫ですかっ？　背中に虫がついていますよ」
　「うわあ！　僕、虫が嫌いなんです！　取って！　取ってもらえませんかっ！」
　──もちろん背中に虫などついてはいない。
　あやめは笑顔のまま、軽く片手で自然に相手の腕に触れる。
　そして、背中の虫を払う振りをして、５秒が経過した。
　「はい、取れましたよ」
　変わらない笑顔のあやめ。

　「……あ、あ……済みませんありがとうございます！
いやぁ、嬉しいなぁ。君みたいな子に虫を払ってもらえるだなんて！　まるで天使のようだ！」

　【ろっこん発動成功！】

　ちなみに発動条件と効果は以下の通り。
・条件：
　対象の体に５秒以上触れながら笑顔を見せる
・効果：
　笑顔を見せた対象(人間、動物)を魅了する。対象が多いほど効果は薄い

　「あの、お腹すいていませんか？
　よかったら隠れた名店、定食屋「おにざき」で一休みしていきませんか？　サービスさせて頂きます♪」
　「喜んで！　丁度お腹が減っていた所だったんだ」

　もう、この時点で観光客の男に選択の余地など無かった事は言うまでもない……

　しかし、出す料理は安全美味かつ迅速丁寧。
　「可能な限りご飯大盛りで！」という注文も笑顔で承っていく。
　そうして、繰り返しキャッチされた観光客の客も、効果が切れても満足一杯で帰っていく。
　……ただし、料理に大切と言われる愛情は、もうとうに亡くしてしまったが。

　「もうこんな時間なんですね。おにぎりの補充をしなくっちゃ」
　客の集まりも上々。うきうきしながら、おにぎりを作っては、店頭の見える部分がガラスになっているカウンターの中に置いていく。

　「お嬢ちゃん可愛いねぇ。これからボクたちとデートしにいかねぇ？」
　そんな中、不意に掛かった如何にも頭の悪そうな声。
　あやめはしばしの間をおいて、その対象が自分である事に気付く。
　そして表面には満面の笑顔を、内心では鼻で笑う程の冷笑を浮かべながら、カウンターの向こうへと、そっと相手の腕に手を伸ばした。

　１、２、３、４、５──

　「今ならおにぎりが１０個分のお値段で１２個買えちゃうんです。いかがですか？　……買って、くれますよね？」
　「はいっ。もちろんです！」
　「おいっ、ナンパはどうした！？」
　「この人が、おにぎりを買って欲しいと言ってるんだぞ！　おらっ、お前らもナンパとか言ってないで金出せ金！」

　──もれいびは、寝子島島内だけで発生した訳ではない。全員が人だったならばここまでの効果は出なかっただろう。
　無自覚のもれいびか、それとも。
　それも、あやめにはどうでも良いことだった。

　そして、あやめはこれを繁盛期一杯に繰り返した。
　しかし、これで味も美味しいのだから文句の出ようも無く。
　長時間滞在する観光客の間で、定食屋『おにざき』が口伝で話題に挙がり、一部ではちょっとした名所にもなったという……