はや瀬のぞめき｜リアクション

はや瀬のぞめき

　　【こちとら、江戸っ子！！　マグロ解体ショー】

　早朝から、趣味の波乗りに出ていた新井いたごは、今日はいつも以上に観光客が多い事に気がついた。
　戻って来てから、早速自分の息子には「お店オリジナル『寝子島ちくわ』PR用の着ぐるみ【ちくわくん】」を着てもらい、駅での販促を頼む。
　いたごは心躍らせながら、マグロ解体用の愛包丁と、新鮮な大マグロを１匹用意し。
　そして、新鮮な魚と店内オリジナル『寝子島ちくわ』を準備し、そのまま急ぎ飛び出していったのだった。

　「かっちけねぇ、かっちけねぇ！　じゃ始めるよ」
　幟旗を立てれば、興味本位で人が取り巻くように集まってきた。
　『かっちけねぇ』は江戸の方言、何人が分かったかは定かではないが勢いは確かにある。
　客の中にチラシを持っている人がいる。どうやら息子の宣伝は着実に効果を上げたようだ。
　「まずは本日の主役──色男のボクのことじゃないよ」
　まな板を用意しながら、さらりと自分で言ってのけてみる。
　笑いの中で「あら、残念ねぇ。アナタだったら即買いしちゃうのに～」という声が飛ぶ。
　「うまいねマダム、あとで少しおまけしちゃおう。
　──じゃなくてマグロの登場だ。
　でかいよね、ダイナミック」
　飄々と言葉を交わしながらも、いたごは片手で軽やかに、普通の人では持ち上げるのも困難そうなマグロの尾ひれを、氷の中から掴んでその身ごとドンとまな板の上に引き上げた。
　そのマグロの大きさに、観客から歓声が上がる。

　「まずヒレなんかを落としてくよ」
　相手は巨大マグロ。最初にヒレから頭を落とすまでもかなりの力を使うであろうに、それをいたごは笑顔で、あっさりと落とす。
　切り取ったマグロの頭を傍らに置いて、そのまま胴体の背部分４分の１を、包丁を横にして、更に何の重みもないとばかりに半分にまでその胴体を華麗に切り分けた。
　その時間、たったの数分。客はその包丁捌きに魅入って反応がない。

　「あ、拍手してもいいんだよ？」
　手を止めずに冗談めかして言った言葉に、観光客は笑いながらも拍手を送る。
　「これが結構な力仕事なんだけど気合いだね。
　『うおー』ってなもんさ。
　あ、これハイブロウな魚屋ギャグね」
　今度は失笑も交えて、客ごとに様々な反応が返ってくる。
　どんな反応だろうと、楽しんでくれているのが伝わればよい。いたごは笑顔で解体ショーとは思えないほどの爽やかさでマグロを捌いていく。

　ふと、フラッシュの光とカメラ音が響いた。
　携帯や本格的なカメラ等による撮影音のようだ。
　一人を皮切りに、引き続いて他の人も止まらない。

　「写真？
　いいよ男前に撮って」
　許可の無い写真撮影にも、いたごは笑いながら、いとも楽しげにマグロを捌く。
　「あ、嬢ちゃんオレに惚れるのは無しだよ。
　山男じゃないけど愛する妻子がいるからね」
　最初に携帯で写真を撮って、続けて写真を撮り続けている女性に、いたごはマグロの解体ショーの傍ら、不器用ながらもウインクを送る。
　不器用なウインクではあったが、そのウインクを見た女性は──撮影対象を、容赦無くマグロからいたご一筋に切り替えた。