はや瀬のぞめき｜リアクション

はや瀬のぞめき

　　【老舗料亭旅館　薫風常葉】

　御剣刀に感謝と別れを告げ、観光客の男性が旅館の門戸をくぐる。
　そこには、現女将、常葉亜紀と共に仲居の人々が道を作るように並んで出迎えた。
　「ようこそお越しいただきました。一同、心から感謝致しますと共に、最上級のおもてなしを御約束させていただきます」
　女将の言葉と共に、並んでいた一同が改めて深く礼をした。

　「ご観光は如何でしたか？」
　「ああ、素晴らしい所だったよ。何より人が良い。他とは比較にならないよ。皆さん、本当に良い人たちばかりでねぇ」
　「ああ、それは宜しゅうございました。では、こちらにつきましても、是非ともご満足のいくおもてなしをさせていただきます」
　門戸をくぐり、仲居さんのトンネルにも似た出迎えを受けつつ中に入る。
　亜紀はお客様の足のペースに気遣いながらゆっくりとホールを歩き始めた。
　
　「ここがお土産コーナーとなります。名産のしらすを使用した『寝子饅頭』は皆さん良くお買い上げになって下さるほどの人気商品となっております」
　「しらすを原材料としたお饅頭ですか！　それは珍しい！」
　男性は珍しそうに『寝子饅頭』の箱を手に取り考えている。
　「後は、来客された日には観光しないというお客様には、人力車でのサービスを行っておりましたが……そちらの方は、問題ございませんでしたでしょうか」
　「ああ、観光がしたいと思ったからね。
　お陰で、寝子島のいい所が沢山見れた気がしたよ」
　「それは……とてもよろしゅうございました」
　女将、亜紀はそれを聞いてとても満足そうに眉尻を下げて微笑んだ。

　「温泉は、山間(やま)の湯と海見の湯がございまして、それぞれ男女風呂が分かれております。
　山間の湯は山を見上げるように一望でき、室内と露天両方ご利用いただけます。
　海見の湯は、海を間近に眺める事ができる露天のみの温泉となっております。どちらも２４時間ご利用いただけます」
　「二つの景色から温泉が楽しめるのはとても良いですねぇ。
　だいぶ汗をかいてしまったのでこれからが楽しみです」
　
　それから、予約を取っていた、花を飾った１人にはかなり広い部屋にお客様を案内して、軽い設備の説明を行う。
　「それでは、どうかごゆるりと」
　そう告げると、女将、亜紀はゆっくりと頭を下げて扉を閉めた。

　──女将は、先代から旅館を引き継いで４年になる。まだ若輩者だが、娘や多くの人々の手によって今自分がここに居る。
　「(頑張らなくてはいけませんね……)」
　心の中でそう呟き、亜紀はさっそく調理の様子を確認すべく厨房の方へと足を運んでいった。

　女将に休みの時間は無いが、それがやりがいに繋がる。
　──自分の満足はお客様の満足があってこそである──先代の言葉を胸に思い起こしながら、女将は廊下をゆっくりと踏みしめるように歩き始めた。