はや瀬のぞめき｜リアクション

はや瀬のぞめき

　　【メイドが強いのは世界共通の仕様です】

　「おかえりなさいませ、お嬢様──
　まあ、真央さん。今日は非番ですよね」
　「万里ちゃんセンパイ、こんにちはなのだ！　外は暑いから、静かで落ち着いた店で一息つきたいと思ったのだ！」
　「では、今日はお客様ですね。あら、いけないお嬢様に不躾な事を……！
　それでは、お嬢様。こちらのお席へどうぞ」
　後木真央が案内したのは、桧垣万里が店長代理を務める、こじんまりとしたヨーロピアンクラシックの本格派メイド喫茶だった。
　「……素敵なお店」
　恵御納夏朝が、目を一通りやって小さく感想を漏らす。
　真央がそこでアルバイトをしていたのもあってのチョイスであったが、しかし流石はシーサイドタウンの一角。
　見るからに観光客の存在も少なからずあった。
　「仕方が無い。今は夏休みだ」
　道中、今日は何か嫌な事があったのか、観光客を見る目が冷たい夏朝に気づいた旅鴉月詠が軽く声を掛ける。
　「穴場だと思ったのに残念なのだ。でも、お客さん全てが悪い人な訳ではないのだ」
　席に座りながら、真央が言う。

　「ご注文はお決まりでしょうか、お嬢様」
　真央だけにではなく、場の全ての若い女性はお嬢様である。
　流石にボウルとまでは行かないが、丁寧に僅かに柑橘系の香りがするおしぼりを一人ひとりの手にそっと乗せる。
　「紅茶、ダージリン」
　「えっと、僕はオレンジジュースを……」
　「真央ちゃんはメロンソーダがいいのだ！」
　「畏まりました、少々お待ち下さいませ」
　万里が急に方向転換をせずに、足を一歩後ろに引いて敢えて客から下がってから、厨房へと向かう。
　「はう、真央ちゃんもいつかあんな立ち振る舞いをし──」

　バチン！！

　「痛ェ！！」
　「ご主人様、申し訳ありません。スカートは静電気をはらんでいる恐れがありますので、急に捲り上げるのは危険で御座います」
　万里が、見るからにガラの悪い観光客と揉めている。
　どうやら、観光客がいきなり万里のロングスカートを掴んで捲りあげたようだった。
　「お客様、これ以上お騒ぎになられますと、他のご主人様のご迷惑となりますので……」
　「おう！　じゃあ、それなりの誠意を見せてもらおうか！」
　「では、こちらへ──」
　そそ、と万里がテーブルに足を乗せていた観光客を外の方へと連れて行く。
　それから、見えないところでしばらく。
　戻ってきた。
　
　──万里だけが、笑顔で。

　「ば、万里ちゃんセンパイ……外で何があったのだ……？」
　「ふふ、真央さんもそろそろ、ロングスカートの中に秘密を隠す頃かも知れませんね。
　まあ！　私ったらお嬢様みなさまをお待たせしてしまい……申し訳ございません！　申し訳ございません！　今すぐお持ち致します」
　こうして、店長代理はその場を離れた。
　「……見えた。あのロングスカートの中は──」
　「月詠ちゃん、言っちゃだめなのだ！　企業秘密なのだ！！
　メイド服のロングスカートの中には、ロマンが沢山詰まっているのだ！！」
　恐怖に慄きながらも告げる真央。

　そんな極めて怪しい不穏な空気も、何も知らない観光客の心地よい喧騒に流れて。
　３人はひと時のゆったりした時間を過ごした後、皆それぞれが本来の作業へと戻っていった。