はや瀬のぞめき｜リアクション

はや瀬のぞめき

　【ドライブイン寝子島・執事伝説】

　そう、これは全てカモフラージュだ。そう自分に言い聞かす。
　言い聞かす。言い聞かす。言い聞かさねば、鉄衛守の理性の糸が切れそうだった。

　衛守は、とある建設会社の社長の懐刀とも言える地位を確立した男だった。
　しかし、今は寝子島で暮らす社長の娘の護衛という特殊任務にあたっている。
　社長は自分の娘をこの上なく大事に思っての判断であったのだろう。
　そうでなくてはあれだけ社長の為に尽力して来た自分を手放す訳が無い……と、そう思っている。
　決して恩のある社長を疑う訳にはいかない。

　社長の娘を守る事は社長を守る事にも繋がる。そう信じて、衛守は社長の言葉に従った──そして、社長の言いつけを守り、カモフラージュに、寝子島にある社長の友人が所有している様々な客にごった返す『ドライブイン寝子島』で働く事を決めたのだった。

　自分の割り当てられた担当は、全て。
　調理、接客、機械整備など。専門の従業員はもちろんいるが、そのどこかに穴が開いた時にすぐさま補えるように──
　
　「あ、すみませーんっ。自販機おつり出ないんですけどー」
　「只今参ります。お知らせ頂き誠に有難う御座います」

　深々と、早くしろと急かす観光客に笑顔で深く一礼して、さっそく自販機を開けて中の手入れをする。……特に何も異常は──
　「あっ、ごめーんっ。おつりがないのに勘違いしてたー」
　「それは宜しゅうございました。良い旅をお祈りしております」

　……胃薬等、そんなものは、とっくに効かなくなっていた。
　

　ドライブインの店内は品数豊富な食堂と売店を備えている。
　この観光シーズンを踏まえて、客足の確保をきちんと捉えているのだ。
　その為、観光客──『観光客の皆様』に限らずお客様方の期待に応えられるよう、衛守は渾身の思いで寝子島の最新情報を常に頭に叩き込んでおく。

　──過去が輝かしいなどという不謹慎な事は、一度たりとて思ったことは、無い。
　断言できる。
　例え──働く姿に、今尚、過去に着ていたその黒服を脱ぐのを躊躇っていたとしても……

　「いらっしゃいませ」
　次の観光客はお喋りが大好きそうな幼い子供と親の組み合わせ。
　「すみません、この子が『ねこモン』のご当地キャラグッズを集めてまして……場所、分かりますか？」
　「ねこモンっ、ねこモンっ！『おじちゃん』分かる～？」
　「はい。ご案内致します」
　柔らかな演技用営業スマイルを浮かべて一礼し、お客様がきちんと着いてきているか確認しながら、案内をして歩く。
　
　お客様からの、無心故の心ない一言ですら、甘んじて受けずに何が社長の懐刀か……
　必死に自分に言い聞かせ、笑顔を絶やさず。
　『おじちゃん』──齢２４には余りにも残酷な幼女の言葉にも、衛守は耐え切った。

　こうして、今日も己の矜持を守りきり、仕事を上がろうとしたその時。

　「あ、このドライブインでしょうっ。店員に『黒服の執事さん雇ってる』って。ねこったーであがってた」
　「あ、私もそれ見た！　一度見てみたいなぁ」

　遠くに聞こえた観光客のその言葉で。
　衛守は無言で、エプロンを従えて。再びドライブインという名の戦場に向かった。

　責任感かもしれない、強迫観念かもしれない。
　それでも、今日も彼は戦い続ける──