煙草屋で休憩を｜リアクション

煙草屋で休憩を

　また店の扉が開き、一人の人物が入ってくる。鬼崎洋平だ。
　少し足取りが怪しく、一目見ただけで酒が入っていることがわかる。
「よォ、女将居るか～？　いつものヤツくれよ～ニャルボロだ～ヒック」
　瑛華は怪訝な顔で棚からニャルボロを取り出しながら、
「なんだい、『定食屋おにざき』の旦那かい。またこんな時間から酔っ払ってるのかい？」
「あ？　酔ってねぇし、いつも俺は真面目だぜ？」
　言い張るその顔は真っ赤である。怪しい手つきで財布の中を引っ掻き回す様子を見て、瑛華は、
「なんだい、すかんぴんじゃないか。またパチスロで負けたのかい？」
「……うっせーよ、今日はツイてなかっただけだ……未来への大当たりへの投資なんだよ。そもそも人の財布の中を覗くんじゃねい」
「そんだけ大げさに開いたり閉じたりしてたら嫌でも眼に入るよ」
　洋平は代金を支払い、煙草を受け取ると、店から出かかる。その時、店の片隅で熱心にメモをとっている靖史に目を留める。
　むこうがこちらに気づくが早いか、足早に近寄り、
「なんだい、取材かい？　あんた記者か？　新聞？」
「いえ、ただのしがないライターで――」
　洋平は靖史の言葉を途中で遮り、
「ライターだかジッポだか知らないが、俺の話を聞いてくれ」
　と切り出す。靖史は困惑の表情を浮かべるが、そこは本職、話すままにさせる。洋平の不幸自慢は続く。
　そこへ葛西一義がやってくる。
「なんだ、今日はずいぶんと賑やかだな」
　一義は靖史を見て、
「おや、新聞記者か？」
　後に続いて、杖をつきながら、提げたビニール袋からかすかにケーキの甘い香りを漂わせて、伊織紘之助が入店してくる。
「なんだ、新聞記者だと？」
「おう、じいちゃん。今日はどうする？」
　瑛華の挨拶に紘之助は、棚を見渡しながら、
「そうだなぁ……しかし、よくここまで揃えたもんだ」
　店の品揃えに感心されて、瑛華も悪い気はしない。
「水煙管……、か。ここ以外ではほとんど見たことがないな」
「あたしもだよ」
「これ以上見入ってると余計なものまで買っちまいそうだ。『小力』を頼む」
「このご時世に煙管を使い続けてるじいちゃん、相当の粋人だねぇ」
「嬢ちゃんだって煙管じゃねえか」
　と言いながら、紘之助は笑う。
　買ったばかりの葉を煙管に詰め、一服を始めた紘之助に瑛華は、
「ところで、なんでまたケーキなんて持って来たんだい？　あたしへの土産か？」
「馬鹿言うない。孫へのプレゼントだよ。ただこいつ買った帰りに雨が降ってきたからちょっと雨宿りついでに立ち寄っただけだ」
「なるほど」
　紘之助は店の奥へ。
　と、店に一人の女性が駆け込んでくる。Tシャツの上に白衣を羽織って、ジーンズにサンダルというラフな出で立ち。藤谷美鶴である。
　彼女はハンカチで髪と上着を拭きながら、カウンターに向かい、
「エレファントの――」
　と言いかけた時、瑛華は膨大な数の商品が並んだ棚から迷うことなく、一つの葉巻の箱を取り出す。
「これね、ミニスワソラ」
　美鶴は頷き、受け取ると箱を開封し、愛用のシガーカッターを懐から取り出し、器用に葉巻の端にV字型の切り込みを入れ、吸い口を作る。キャッツアイカットとも呼ばれる切り方だった。
「しかしつくづくあんたもまだ若いのによくもまあ、マニアックな人だね」
　瑛華が軽口をたたく。美鶴はにっと笑って、
「誰のせいよ、誰の」
　それに対して瑛華は、
「煙草屋店主に勧められるがままに葉巻なんか試しちまったあんたのせいだね」
　とやり返す。