煙草屋で休憩を｜リアクション

煙草屋で休憩を

　すぐに一人の男が店へ入ってくる。
「あらいらっしゃい。初めて見る顔だね。おにぎりはあげないよ？」
　瑛華に挨拶された天動記士郎は、曖昧な笑みを浮かべながら会釈する。
「どうも……あ、おにぎりはいらないです」
「そうかい？　なんだか物欲しそうな顔してたからね」
　そんなことはないと思うけど、と記士郎は苦笑しながら自分の顔をぺちぺちと触る。
「いやね、あんたがどうも煙草屋なんかに用のある人間には見えなかったから……ってお客さんに失礼か」
　いえいえ、と記士郎は柔らかく笑い、
「間違ってませんよ。僕、最近はまったく吸わないんです。ただ、ここがとても素敵なお店だったので気になって立ち寄ってしまったんですよ」
「おや、お兄さんお世辞が上手いね。商売人かい？」
「実は――」
　と記士郎は微笑みながら、自らが旧市街地で雑貨屋を営んでいることを説明する。
「なるほど、それでうちの店のあちこちの小物なんかにばっか目を向けてたわけだね」
　納得したように瑛華は頷き、食べ終わったおにぎりの包装をくしゃくしゃと丸めてゴミ箱にそっと投げ込む。そこまで客のことを見ていたのか、と記士郎は感心する。
「ええ、興味深いものばかりで……これは嗅ぎたばこ入れですか？」
　記士郎は目の前にあった棚から複雑な文様の入った金属製の缶を手に取る。
「そうだよ」
「これは？」
「それも嗅ぎタバコ入れ」
「えーっと、じゃあこっちは？」
「それも、それも、そっからあっこまでぜーんぶ嗅ぎタバコ入れさ」
　記士郎は瑛華の説明に絶句する。自分の背丈より高く、腕を広げたよりも広い棚がまるまる二つ、全て嗅ぎタバコ入れの陳列に使われている、その事実に驚愕していた。嗅ぎタバコ入れという比較的需要の少ない種類の商品でこれである。いわんや他の喫煙具の品揃えときたら、それこそ想像を絶していた。
「とんでもない品揃えですね、いやいや……」
「お褒めに預かり恐縮だね。とはいえ、これでもまだ足りないと私は思ってるけどね」
「そうなんですか？　もう十分、いや、十分以上だと思いますけどね……」
　記士郎は尊敬の念を隠さない。自分も雑貨店を営んでいる関係上、これだけの品揃えを実現することの苦労はある程度わかっていた。
「一体、これ以上にどんな品を揃えたいんです？」
　記士郎の質問に瑛華は、
「たとえばね、この前テレビで全自動灰皿ってやつを見たんだ。吸い終わった煙草をその灰皿の上に置くと、ロボットの腕が出てきて火を消してくれる。くだらないだろ？　すぐに仕入れようと思ったけど、あまりにくだらなすぎてすでに生産中止になってた。残念だったよ。私はこの店にそういうくだらないものから実用的なものまで、ありとあらゆる喫煙具を揃えていきたいんだ」
　瑛華の目は輝いている。コレクター特有の輝きであった。気圧されながらも記士郎は言いづらそうに、
「あー、それ、うちにいくらか在庫があります……ずいぶん前に売れると思って仕入れたんですけど、ひとつも売れなくて……」
「本当かい！？　それ全部うちで引き取りたいなぁ、お願いできないか！」
　ここで記士郎は少し演技を売った。
「そうですねぇ、とはいえ貴重な品ですから……」
「仕方ないなぁ、これでどうだい」
　と、瑛華が電卓に打ち込んだ金額は、
「えぇっ、いやこんなにもらったら申し訳ないですよ！」
　記士郎が演技を忘れるに十分なほどだった。
「そうかい？　じゃあこれで……」
　と今度の金額は現実的。記士郎はもしかして、一杯食わされたかもしれない、と思いながらも、
「いいですよ。どうせ不良在庫ですから」
「ありがとう」
　瑛華はにっこりと笑う。
「さて、今度はこっちの商売だ。なにか買ってくかい？」
「そうですね、煙草を……」
　記士郎は"ニャイルドセブン"の箱を手に取る。それはこの店に並ぶあらゆる製品のうちで、もっとも有名でありふれた銘柄の一つだった。
　瑛華は首をかしげながら、
「それでいいのかい？　他にもたくさんあるよ」
「そうですね、目移りしますけど――」
　と、記士郎は店内に視線を走らせてから、
「――いえ、やっぱりこれにします。思い出もありますし、いつも買っていたものですから」
「そうか、まあ慣れたものだしな」
　記士郎は代金を払うと、
「また夜に来ます」
　すると瑛華は、
「その時はね、酒を持ってくるといいよ」
「酒、ですか？」
「なんだか今日はそういう夜になりそうな気がするんだ」
　瑛華の謎めいた言葉に、記士郎は首をかしげるばかりだった。

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