煙草屋で休憩を｜リアクション

煙草屋で休憩を

　真夏に差し掛かった七月の朝。日差しは強く、雲は大きかった。
　御堂地瑛華は古めかしい緑のブリキのちりとりと、竹のほうきを手に店先の道路を掃除している。彼女の営む檀屋（まゆみや）の開店一時間前。お昼すぎの日差しは強く、瑛華は黒い革手袋を外し、うっすらと額にかいた汗を手の甲で拭う。
「まったくいい天気だね……いい天気過ぎて憂鬱だよ」
　と、彼女は一人呟く。それから後ろをちょっと振り返って、店入り口のガラス戸越しに店内のクーラーが稼働しているのを確認する。
「この夏初めてクーラーつけてみたけど、さて、客は来るかねぇ」
　七月も下旬に入っているのに初めてクーラーをつけたという、その理由は彼女が超のつくほどの冷え性だからであった。そのせいで客から散々店が暑い暑いと文句を言われ続けたが、我関せずで通してきた彼女も、さすがにクーラーをつけてしまう。
　要するに今日はそういう天気なのだった。
　店先の掃き掃除を終え、店内の埃を払い、商品の在庫と陳列を確認する。店頭のタバコ自販機の近くに椅子を並べ、綺麗に洗った灰皿を要所要所に配置する。隣近所の人々と挨拶を交わしながら、彼女は一連の手慣れた作業を蝶のようにひらひらとこなしていく。
　店外の準備を終え、店内に並んだ膨大な棚の一つ一つの陳列を確認する。
　そうしてひと通りの準備を終えて、瑛華は一息つく。棚に肘をかけ身をもたせかけて、愛用の煙管に葉を詰め、マッチで火をつける。深々と一服し、煙を吐き出す。
「これでよし、クーラーも効いてきた……しかし、ちょっと寒いね」
　と、彼女はクーラーの設定温度をピピピと上げていく。
「二十七。ま、こんなもんだろ。しかし、今日はどうにも煙草の味が湿ってるねぇ」
　雨でも降るかな、と煙を吐き出しひとりごちながら彼女はカウンターの中に入り、椅子に座る。ごそごそとカウンターの下の棚を探り、ビニール袋を取り出す。その中から近所の店で買ったおにぎりを手に取ると、むしゃむしゃと食べ始める。
　一つ目を食べ終わり、二つ目にとりかかった時、「ああ、忘れてた忘れてた」、と彼女は表へ出て行く。店先の閉店の札をひっくり返し、営業中にすると、そこへこの日最初のお客がやってくる。瑛華は客のほうを振り返り、
「おや、永田先生。またサボりです？」
　声をかけられた永田孝文は、
「いやいや、今日はちょっと抜け出してきただけで。煙草を買ったらすぐ帰りますよ」
「はいはい」
　と、瑛華は商品を手渡すと、
「あぁそうだ、永田先生。帰る時には気をつけた方がいいですよ？　寝子高生が店の前で駄弁ってる時もあるし、うちの上に下宿してる子も、もしかしたら、そろそろ買い物から帰ってくるかもしれないからね。こんなところでサボってるところ見られたら大変でしょう？ふふふ。」
「だからサボりでないってのに……」
　と孝文は苦笑する。
　孝文が帰ったあと、瑛華は食べかけのおにぎりにまた手をつけながら、客を待つ。

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