●ワーストたち●


【体育館１Ｆ東側・体育用具倉庫】

　さて、あらかた戦況が片付いたこの期に及んでも目を覚まさない、困った人物がいた。このおっぱい戦争の開戦当初から気絶したままの、風紀委員長・北風 貴子その人である。
「ククク……北風貴子、あんたの天敵であるこの俺を、よもや忘れたとは言わせんぞ」
　北風の眠る体育用具倉庫。そこに、ある邪悪な目的を持って近付く男がいた。愛用の緑のコートを今日も着込んだテロリスト、草薙 龍八である。
「あんたの風紀委員としてのプライドを今日、滅茶苦茶に踏みつぶしてやる。
　俺はそのためには手段を選ばん……ククク、ハハハハハ！」
　気分的には、バックで吹きすさぶ暴風雨か雷でも鳴っていて欲しいところだ。
　そんな高揚感で草薙がガラガラ……またはキィ……と倉庫のドアを開けると、そこで伊賀 解理が風紀委員長のおっぱいを揉みに揉んでいた。あと、レイラ・トンプソンがマウスtoマウスで委員長の唇を奪っていた。もみもみちゅっぱー、もみもみちゅっぱー。「Oh、タイヘン！」　あとついでに言えば、貴子は体操着すら脱がされており、下着１枚のあられもない姿だ。
「こらこら待て待て、何をやってるんだあんたらは」
　割って入られ貴子から引き剥がされた、解理とレイラの方はぶーぶーと猛抗議だ。
「起きなきゃ揉むぞと言っても起きないから、有言実行していたまで。何が悪いのさ」
　えっへん、と胸を張って解理が答え、
「Oh、上着のボタンを外して楽にしようとしたのに、タカコは上着を着ていなかったの。
　だから体操着ごと脱がしてレスキューしたのよ！」
　とこちらはまだナース服コスプレ中のレイラ。
「私より少し小さいけど、タカコなかなかの美乳ね！　おっぱいが三角だわ！」
「自由すぎるだろ。もっと手段を弁えろよ」
「あとタカコの今日のブラジャーカラーはベージュだったわ！」
「やめてくれ、生々しいだろ。……おい、どうなってるんだ（こそこそ）」
　そこで草薙は、協力者の吉祥寺 黒子を見つけて、用具倉庫の隅に引っ張っていった。


「ククッ、『ワースト』が一人、【黒闇天】とは俺の事だ！」
　と享楽的な笑みを浮かべて名乗りを上げる彼女に、草薙 龍八は、
「よし、俺は【テロ屋】だが、俺たち最低野郎『ワースト』に自己紹介は不要だろう。
　なあ、こいつらはいったい、何をやってるんだ？（ひそひそ）」
「いや、それがよォ……治療をするとかぬかして、北風からベッタリ離れねぇんだよ」
　この風紀委員長を実は秘かに拉致しようと考えている彼らにとって、これは困難な状況である。
「ふむ。だが【黒闇天】も、上手く警戒されずに北風の傍に貼り付いていられたようだな。よくやった」
「それがよォ、俺がこんなナリをしてるのによォ」
　吉祥寺 黒子は、舌に刺青が入っているという刺激的な外見の分、ひどく警戒されやすい。レイラや解理には怪しまれないように、
「こいつは口うるせぇ奴だし、俺もいろいろ言われてるがよォ……
　気絶してるこいつを守るくらいはしてやるよ。
　それとも風紀委員は善意の協力を無碍にする教育をこいつから受けてんのか？」
　と強引に２人を言いくるめようとしたのだったが、
「したのだったが？」
「そもそもこいつらは、風紀委員じゃなかったから意味なかったぜ……」
「そうか……保健委員が治療に残る可能性も、計画の考慮に入れておくべきだったか」
「１人は、保健委員ですらねぇけどな」
「しかし……風紀委員が誰ひとり、北風の護衛に残っていないとは拍子抜けだ」
　風紀委員は少なくとも６人以上はいたのだったが、みんな委員長をほっぽり出して、それぞれどこかへ行ってしまった。うち１人の佐久間 堂鉄は隠れ測量部員で、秘密裏に貴子のバストを測ろうとしたほどだ。
「北風、こいつ……人望無いのかな」
　あまりの不憫さに、草薙が思わず目頭を押さえるが、しかし彼は冷酷非情の悪のテロリスト。こんなことでたやすく、敵に同情したりなどはしないのだ。
「つーか【テロ屋】、あんたも騒ぎを起こす約束じゃなかったのかよ。
　待ちくたびれてヒマすぎて、死ぬかと思ったぜ」
「やったさ。途中から何度も爆竹を体育館に放り込んでいたんだが」
「いたんだが？」
「誰にも……騒いでもらえなかった……」
　この体育館では、あの大田原 いいなが自前の笛花火を、さんざっぱら連発して発射しまくっていたのだ。爆竹が鳴ったところでまた１組のアレのアレかと思われるだけで、今更女子の誰も驚きはしなかった。
「くっ。まさかこんな所で、大田原に足を掬われるとはな……」
　また草薙は、ゴキブリや毛虫、ネズミも同時に体育館に放っていたが、数匹の虫や小動物では一部の女子を驚かせるに留まり、これも全体の混乱を誘うことはできなかった。
　本当は体育館中の女子を騒がすほど大量の数を用意できていれば良かったのだが、それは不可能である。測量部の勧誘ビラが撒かれたのは、確実にこの身体測定当日の出来事であり、測量部員でもない草薙たちが、今日の騒ぎを事前に聞き付けて、入念な準備を整えておくような期間などは無かったのだ。
「おいおい、しっかりしてくれよぉ、【テロ屋】」
「いろいろ不手際でスマン……」
　そもそもこの騒ぎの初期段階で、レイラ・トンプソンによって彼らのターゲットが、この体育用具倉庫にさっさと運び込まれてしまったこと自体が、最大の誤算だった。
　用具倉庫は体育館の東側にあり、彼らが今、拉致して北風を連れ込もうとしているのは、その体育館の西側外にある武道場。真反対の場所なのだ。仮に草薙の陽動が上手くいっていたとしても、この距離を誰にも怪しまれずに、北風を背負って運び去ることは、やはり難しかっただろう。
「あと、その武道場の方も念のため、今様子を見て来たんだが……、」
　と草薙が付け加える。
「気絶した水泳部と陸上部の兄弟を、なんか、裸に包帯巻いた女が看病してた」
「何だそりゃ」
　それはきっと、志波 武道と志波 拓郎と虎渡 からんのことだろう。
「あっちはあっちで、しばらく動きそうにもないので、
　見咎められずに北風を運び込むことは難しそうだ……」
　八方塞がりなのである。次々と彼らに振りかかる予期せぬ困難に、うんざりした吉祥寺黒子が草薙に言った。
「なあ、もうここで北風の下着写真を写メして、それで終わりでいんじゃね？
　俺たちがやらなくても、とっくに脱がされちまってんだぞ。
　つーか、さっきから見てたが色々ヒドイぞあいつら。俺たちの計画の方が紳士的すぎねぇ？」
　黒子の提案に悩む草薙だったが、
「いや、ここは初志貫徹といこう。俺たちの目的はあくまで、
　北風貴子の風紀委員としてのプライドを踏みつぶすこと。
　俺は目的のためには手段は選ばん男だが、
　その達成が困難だからと言って、目的まで見失うわけにはいかんッ！」
　ビシャーーン、と草薙の背後に架空の雷が落ちた。そう、男は自分の信じた道を往くのだッ！


　さていい加減そろそろ、この邪悪な『ワースト』の面々が何を企んでいるのかを、このへんで説明しておこう。草薙たちが計画しているのは、ズバリ『北風貴子メイクアップ作戦』！

『北風貴子メイクアップ作戦』とは！（１行まとめ）
　堅物の風紀委員長をセクシー衣装に着替えさせ、屈辱を与えちゃおうという作戦なのである！

「クク……普段服装に口うるさい風紀委員のあんたが、
　学校内で校則以外の格好をしている自分に気付いたら、どう思うかな？　
　そのあられもない姿が皆に知れ渡ったら、果たしてあんたのプライドが許すかな？
　北風貴子……クククさあ、この俺が今からあんたをこの手で、綺麗に着飾らしてやるぜ！」
「【テロ屋】よぉ……あんたやっぱりちょっと、変態入ってんじゃないのか」
「だまれ。今日の俺には、信念があるんだ。どっかのエロテロリストとは違うのさ」
「何か一部省略されてんぞ」