●武道場にて●


【体育館外・西側渡り廊下】

「えっ、ソクリョーブイン？」
　そこで火蜂の大声にパッと振り返ったのは、虎渡 からんだ。
「これ以上被害が広がらないように、からん、捕まえる！」
　ない胸を力強く張ってそう宣言すると、
「よしっ！　お弁当に骨付きチキン入れてきたのが正解だったんだよ！
　お昼にもう食べちゃったけど、骨だけポッケに残ってるから、それをかじって〜」
　からんの体操着が、ばさばさっとまとめて床に脱げ落ち、

　＼み゛ゃー！　がるるる〜！／

　その衣類の中から、手のひらサイズの１匹の子虎が跳び出した！　金のもふもふした毛並みに、くりくり琥珀色の瞳。これが、ろっこん【とらとラ！】で変身した、からんのもう１つの姿だ！
（わっ、わっ。亨さん、また何か追ってきましたよ？）
「って、トラ？　でっかいトラ？　うぉぉう！？」
　通常の人間からしてみれば、足許を走り回る可愛らしい子虎にすぎないのだけれど、今の七峯 亨と史倉 安人は、それぞれ約１cmの超ミニサイズ。サイズ比で言えば、自分より１０倍以上も大きな怪物に、追いかけられているのに等しい。
「み゛ゃーーーーーーーーーーーーー！！」
「ギャーーーーオタスケーーーーーー！？」


【武道場１Ｆ】

　さてその彼らが向かう先、武道場の中では、ちょっと派手めな兄弟喧嘩が始まろうとしていた。
「ずんばらりーん！と志波 武道、武道場より華麗に参上！！」
　数人の測量部員を率いて、西側の入り口から入ってきたのは、志波兄弟の兄の方。
「馬鹿野郎！　何故体操服の時に測量しようとするんだ！
　やるなら水着姿の時にやるべきだったんだ……！」
「「シャー、イエッシャー！」」
「と、熱く訴えつつ俺が水着好きなだけでっす！」
　測量部員たちにてへぺろしたり、何やらアドバイスをしたりと無駄に忙しそう。
「あと、おにーちゃんからの豆知識。
　両腕ひろげたら自分の身長と同じだからいざとなったらハグで測れ！」
「なるほどぉ、勉強になるんだシャー（メモメモ）」
　すっかり慕われたようだ、エロガッパ。
「……何してるんだ、兄貴……」
「って、ワ〜オ！」
　体育館側の出口の方に待機していた、志波弟こと志波 拓郎から声をかけられ、どびっくり。
「たー坊ここ守護かい！　読まれてたか……」
「兄貴のこと……だから、武道場から、派手に登場……とかしそうだな、
　とは思ってたが……。まさか……名前が武道だから、武道場から来た、なんてことは……」
「ＨＡＨＡＨＡヤダナー、おにーちゃん流石にそんなベタなことは考え……（目そらし）」
　ところでその武道は右肩を包帯とテーピングで固定しており、まだトライアスロンでの怪我が治療中のよう。その包帯から、拓郎も少しだけ視線をそらしながら、
「ビラを拾った時、から……イヤな予感はしてた……が、
　まさか兄貴まで……測量部に寝返ってた、なんて……」
「おっとたー坊、それはちょっとチガウぞ！
　俺はレディのバストを無差別に測りたいワケじゃないんだ！」
　最愛の弟から誤解されることだけは、避けたい。武道はズビーシと片手で手帳を広げて見せると、
「俺はこのたー坊マル秘メモの、同級友人バスト欄のデータを埋めたい、それだけなんだっ！」
「同級……友人……って、」
「えっとー、彩葉ちゃんに侑ちゃんに博美ちゃんに、それからそれからぁ（ぺらり）」
　温厚な拓郎の額に、ぴくりとそこで青筋が立った。
「しかし、おにーちゃんの行動をこうまで先読みされてたんじゃ仕方ない。
　こうなったら、たー坊よ！　交換条件だ！！」
「……交換、条件？」
「レディのバストを諦める代わりに、たー坊のデータを測らせて！」
　突然の兄からの申し出に、ハア？と硬直する志波弟。
「いやぁ実家にいるときは寝てる時に測ってたんだけどね？
　今別々だしなかなか測量機会なくてテヘ☆」
　アア……、と走馬灯のように数々の記憶が腑に落ちる、志波拓郎。
「だから……誕生日プレゼントの服とか、毎回……ピッタリだったのな……」
「今月たー坊誕生日じゃーん？　おにーちゃん今年もいいトコ見せたくって……ん？」
　チョイチョイ、と眼鏡を外すようにジェスチャーした後、
「って、あ……このキレ方はヤバ」


　　激突、志波 拓郎ＶＳ志波 武道。


「このッ……馬鹿兄貴がぁ！！」
　ブチ切れた弟が、顔面掌底で兄をＫＯ。こうして志波武道の方は体育館にたどり着くことなく、盛大に武道場で自爆したのだった。
「さて……君達も、この馬鹿兄貴と同類か？（ユラァ）」
　と見たことない顔で振り返る拓郎に、
「「シャ……シャー！？」」
　と残りの測量部員もぶんぶんと首を振り、入ってきた方の西側出口からいっせいに逃げ出したのだった。


　こうして武道場方面は、あらぶる志波 拓郎によって平定された……かに見えたのだったが。
「がるるる〜！　み゛ゃーーー！」
　と、そこに小虎の姿で駆け込んできた虎渡 からんが、志波弟の足にぶつかって、ごっつんこ。
「☆痛たたたた……むぅ？　どこ行ったソクリョーブイン？」
　とキョロキョロするからんの、視線がふと拓郎と合った。さっと拓郎が目を逸らしたことで、自分の身体の異変にようやく気が付く、やんちゃ娘。
「わわっ、へ、変身が解けてるんだよ！？」
「うをっ！　見てちょ、見てちょ、たー坊！
　あの子、すっぽんぽん！　すっぽんぽんったら！」
　ああ、しぶとい再生復活を遂げた志波 武道の言う通り！　からんの【とらとラ！】は衣類まではいっしょに変身しなかったので、今の彼女は真っ裸なのだ！
「み゛き゛ゃーーーーーーーーー！？？」
「すっぽんぽ……って、ハハ？」
「…………（ユラァ）」
「うんうん、そうだった。たー坊はこういうの、苦手だったヨネ……？
　ってギャーーー！？」
　鈍器のような物（ゴングとか？）で兄の頭部を殴ると、その右肩の包帯をすばやくほどき、絶対にそちらを見ないようにして、丸めてからんの方に差し出した。
「これで……、その、か、隠すと……いい」
「あっ、ありがとうなんだな。でも、お兄さんちゃん……のその怪我はい、いいのかな？」
「そろそろ……治ってていい頃……、だから、
　あとは……ツバでも付けとけば、勝手に……治る」
　そ、それなら……と貰った包帯をぐるぐる巻き付けて、ようやくその胸を隠すからん。
「ところで……その、……拓郎くんちゃん？」
　クラスメイトの女子から話しかけられ、（ギクッ）とする志波弟。
「みっ、なっ、何かからんの、その……見えた？」
「…………」
　じーーーーーーーーーーーー。
　蜂蜜色の大きな瞳に見つめられる、気まずい沈黙。だが待ってほしい。この拓郎は、よく熟考してから言葉を発するので、話し出すまでに時間がかかるだけなのだ。
「見てない……何も、見えなかった……」
　ほっと（ない）胸をなで下ろすからん。この拓郎は、自分のクラスの学級委員の１人だ。真面目な彼がそう言うのなら、その言葉は信じてよいだろう。
「……と、思う」
　まだ話してる途中だった！　「みき゛ゃーー！？？」とばってんに自分の胸を押さえるからん。
「たぶん……何も見えなかった、と思うけど、
　正直、……自分の記憶に……自信が、ない……
　だから俺も、念には念を入れて、兄貴と同じように……記憶を、消す……」
　熟考の末にそう結論すると、やおら拓郎はさきほどの鈍器のような物で、自らの頭をも殴りつけた！
　カーーーーーーーーーン♪
「大丈夫、だいじょうぶ……、これで……何もかも……、元通り……」
　拓郎＆武道の志波ブラザーズ、ダブルノックアウト。
「え、ええと……？」
　この場合は、からんの勝利？
「じゃあ、み゛ゃー！　がるるる〜！！」
　虎渡からんの勝利の勝ち鬨が、武道場いっぱいにこだました。