●Jokerたちの悪戯●


【体育館１Ｆ・中央フロア】

「あ、あれ？　あおいちゃんは、どこ？」
　混戦の中、１年４組の綾辻 綾花は、友人の七夜 あおいを見失ってしまった。
「胸のサイズは乙女の秘密。最後まで、守り通そうね！」
　と手を取り、いっしょに誓い合ったはずだったが、はぐれる時はあっけない。固まって隙を見せないようにする、というだけでは、この混乱した状況は乗りきれなかったようだ。
「あ、あおいちゃん！　そこにいたんですか」
　けれど、ようやく見覚えのあるツインテールの制服姿を見つけて、息せききってその肩をたたけば、
「おんやぁ？　どなたさんが、あっしをお呼びですかぃ？」
　背格好こそ小柄で似ているものの、振り返ったのは全くの別人。いや、へらへらと笑みを浮かべているその不真面目そうな顔は、女子ですらない。
「だ、誰なんですか？　女装なんかして……（はっと）まさか測量部！？」
　そういえば籠城の初期に、女装した男子が紛れていた。綾花も、そういう男子にだけは引っ掛かるまいと気を付けていたのだ。ぎゅっと固く胸をガードして、
「は、測らせませんよっ。私たちを測っていいのは保健の先生だけです！」
「おやまぁ、心外だねぃ。さっそく女装がバレちまうたぁ……
　あぁお嬢ちゃん、安心しなせぃ。あっしらは測量部じゃあないよぃ。
　あっしは１年１組の骨削 瓢。それに、女装してるのは趣味でもないよぃ。これは悪戯さね」
「い、イタズラ……って？」
　とそこでようやく綾花は、そもそもこの瓢々とした人物が着ているのは体操着ではなく、プリーツスカートの制服であることに、遅ればせながら思い至る。体操着でないのなら、少なくともこの体育館に、最初から潜伏していた者ではない。
「ああ、この制服もね……誤解があるといけねぃから」
　とポケットから、『この制服は伊賀 解理が許可・貸与していた物である』と書かれた紙片を見せた。元々の、この制服の貸し主が一筆書いておいたものなのだろう。
「で、でも、それだけじゃ、測量部の人じゃないという証明には……」
　目の前のこの男子が、得体の知れない人物であることには変わりない。
（やっぱり、逃げましょう……）
　そう思って綾花がじりじりと後退りした瞬間、
「きゃあっ！？」
　さっとそのバストに回される、紐のような黒い影。いつの間にか測量部員が、綾花の背後から忍び寄っていたのだ！
「シャー、測量完了なんだシャー！　どれどれ……
　あ、あれ？　目盛りが無い？　何だこの、冷たくてヌメヌメした物はっ」
「プフッ。どうしたのさーいきなりそんな物、女子に巻きつけてー。
　それ、かんぴょうだよ？」
「なっ……」
　と測量部員が振り返ったその先で、口にプククと手を当て笑いをこらえているのは、６組の空風 由利だ。
「さっきあたしと話してた時、メジャーごとすり替えてたの、気付かなかった？
　あははっ、そんな情けない顔しなくてもいいのにー」
「ぐっ……！？！」
　その隙にスルスルと忍び寄った骨削瓢が、絞め技でその測量部員をカクンとオトして一丁上がり。
「はいはーい、どいてどいてー」
　とさらにそこに、体育用のマットを転がしながら響 タルトがやって来た。骨削と由利の３人で、気絶しているその測量部員をもう一度くるくると簀巻きにして、
「ハイ、かんぴょう巻き、一丁あがり♪」
　してやったりーと、ハイタッチする３人。
「対抗して測量部のナニカを測っちゃおうかと思ったけど、
　かえってご褒美になっちゃうかな〜。え？　もちろん足の長さだよ」
　と楽しそうに笑うタルトに、
「これがイタズラ……？　皆さんは、いったい……？」
　綾花の問いに３人は顔を見合わせると、さっとその懐から、トランプのカードをそれぞれに抜き、頭上にかざして見せた。全てジョーカーのカード。けれど、デザインはそれぞれ異なる凝りようだ。
　骨削瓢は、『ハートを喰うドクロ』の柄。
　空風由利は、『泡雲』の柄。
　響タルトは、『黒猫』の柄。
　そして、まるで犯行の証明であるかのように、うめき声を上げている測量部員の上に、それらのカードをパッと散らすと、ニヤリと笑って骨削が答えた。
「あっしらは、『Ms.Joker』。
　悪戯でこの学校を、面白可笑しくするメンバーの一員だぁよ」


　とは言え、彼らのイタズラがすべて順調に運んだというわけでもない。
「あは、ドクロちゃん、そっちの戦果はどうだったさー？」
　と空風 由利が骨削 瓢に聞けば、
「あっしかい？　撃退用に落とし穴をいっぱい作るのも、面白いかと思ったんだがねぇ。
　体育館の床は猫鳴館とちがって固いし、この短時間で掘るのは流石に無理だったぁね」
「あたしも、サイズ教える代わりに、あいつらの名前聞き出して弱みを握ろうとしたんさー。
　でも……」
「でも？」
「教えるって言って教えなかったから、すぐに怒りだして追いかけられたさー」
　自分のバストサイズを交換条件に、あれこれ誘導質問して聞き出そうとした由利だったが、結局相手には『雲空由利』という偽名しか教えなかったのだから、そもそも最初から取引にはならなかった。
「あれー？　そう言えばタルトちゃんは、
　猫に変身してイタズラするとか言ってたけど、どうしたんさー？」
「う〜ん。それが……よく考えたら、僕が浸かれるだけのお水が、
　体育館のどこにも無かったんだよ〜」
　響 タルトのろっこん【チェシャ猫】は、身体が浸かれる量の水が無ければ発動しないから、これは全くの能力不発。
　そんなこんなで、上手くいかないことも多かったのだが、しかしこの『Joker』のメンバーたちは、その程度のことでは全く落ち込んだ様子など無い。
「でも、うまくいかなくてもめげずに、いっぱいイタズラしようね〜」
　とあっさり立ち直るタルトに、由利や骨削もけらけらと笑って同意する。
「あっ、さっきあたしが怒らせちゃった連中だ！」
「待てコラ、シャー！」
　と大挙して押し寄せてくる測量部員に追いかけられながら、けれど由利たちはとても楽しそう。


「さあ、測量部に悪戯するわよー」
　とそこに、メガホンを持ってこれまた現れたのも『Joker』の１人、行梨 謡だ。
「雲っち、ドクロベー、猫助〜」
　と３人に、ジェスチャーで耳を塞ぐように注意してから、
「ほらーバストサイズを測りたいんでしょー、ここにあるわよおっぱいがー」
　とメガホンを使って行梨が呼びかけると、
「おお……あれこそは神々の山嶺！　前人未到のチョモランマではないか！」
　ドドドドと由利たちを追いかけていた測量部が、カクンと直角に曲がって、今度は行梨を追いかけ始めた！　これは拡声器を通して声を聞いた者を魅了してしまうろっこん、【他律による略奪】による行梨の能力。
「うわ、結構いっぱい来た」
　対象が多いほど行梨のろっこんの効果は薄くなってしまうのだが、初動さえコントロールできれば、あとは測量部の視線は、行梨のニセおっぱいに釘付けだ。
　そう、ドクロベーこと骨削 瓢と同じく、この行梨も女装でおめかししての囮役。
（うう……だって、女装しないとうさぎさんのぬいぐるみを燃やすって、メンバーに脅されたんだ）
　行梨が愛してやまないうさぎさん。そのうさぐるみが今どこにあるのかと言えば、
「くっ……偽乳のせいで走りにくいぞ……！」
　丸めて詰められ、ぼいんぼいんと行梨の胸で揺れるニセおっぱいになっている。
「い、今のうちにやっちゃいなさーいっ……って、アレ？」
　由利たちにメジャーをすり替えてもらおうと振り返る行梨だったが、３人のメンバーがまだ追いついてきていなかった。
「あ〜〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜〜」
　ともみくちゃにされて、バストを測られてしまう行梨。


　　行梨 謡：バスト105cm（？カップ）


「おお栄光のチョモランマ……と思ったら、これはぬいぐるみじゃないかシャー！」
　期待をスカされた分、激怒の大きい測量部員たちが寄ってたかってうさぐるみを引っ張り出し、真っ二つに耳からそのうさぎを引き裂こうとする！
「う、うさ、うさぎさんが！」
　うさぎさんがピンチ！
「きゃわわ〜ん、なのですよーっ」
　その目の前にトテトテとやって来たツインテールの美少女が、あざとい演技でスローモーにすっ転んだ！　びたーん、って感じにベタに転んで空く両ワキ、その測りやすそうなバストに、ズルギュワーンと測量部の興味がいっせいに向く。
「ウサギなんてどうでもいい！　あの標高を測るんだシャー」


　　葛城 璃人：バスト75cm（？カップ）


「こ、この山はっ……。あえて例えるなら、天保山……？」
「……まさに……盛り土っ！」
「ひ、ひどいですぅー。うぅ、りぃもうお嫁にいけないのですよ……（ぐすんっ）」
「て言うか、またしても男じゃないかシャー！」
「えへっ☆　そーれ！」
　べそ泣きしていた璃人が一転、目の前の測量部員をえいっと足払いでコケさせる。そう、貧乳狩りの騒ぎで一時は捕まっていた、このりぃこと璃人も、やはり『Joker』のメンバーだったのだ。
　その璃人が、用具倉庫から拝借してきたバレーネットをそーれっ、と投げ上げ、まとめて測量部を一網打尽に。フロアに這いつくばってジタバタする彼らを、
「はいはーい、どいてどいてー」
　と響 タルトが、マットのローラーでネット上から蹂躙し、
「あははっ、頭の中すけべなことしか考えてないから、こういう目に遭うのさー」
　その後ろ手を空風 由利が、かんぴょうで縛り上げる。
　最後に、屈辱にゆがむ彼らの頭に猫耳を付けて、璃人が写メをぱちり。
「ふふっ、やっぱりこういう顔してる時が一番可愛らしいと思うのですよ〜。
　この写真は心配せずとも後日晒しあげますんで、
　どーぞ自分がやらかしたことを後悔しながら眺めててくださいな♪」
　にっこり冷徹に微笑んで、測量部員を心の底からぞっとさせたのだった。
「悪戯成功……では皆逃げるわよー」
　イタズラ後の測量部にもう用はないので、行梨 謡の合図でスタコラ退散する面々。最後にその行梨が、悪戯成功の証として、測量部のポケットに入れたカードを見て、
「おんやぁ？　『嘘つきピエロと影』のジョーカーじゃないのかぇ？」
　と不思議そうに訊ねる骨削 瓢。行梨が現場に残していったのは、自分のコードネームを表す柄ではなく、『Ms.Joker』そのもののシンボル、『女の道化』が描かれたカードだったから。
　彼が、どんな意図でそのカードを残していったのかは分からないが、もしかしたらそれは、メッセージだったのだろうか？
　測量部員に、ではない。かつて悪戯の限りを尽くしてこの学校を騒がせた、伝説の１人の女生徒。その『Ms.Joker』に、貴女が遺した道化の欠片は、今もこうしてこの学校を、面白可笑しく日々賑やかにしていますよ、という。