Un peluche importante｜リアクション

Un peluche importante

　エレノアの手元にある不気味なぬいぐるみを見て、咄嗟に優妃を庇った深雪だったが、麗佳の一言で元に戻った空気に安堵の息を吐いた。エレノアと目が合い、含みを持たせた笑顔を睨みつける。視線が絡み合う両者の間に割って入って来た影に顔を上げれば、麗佳が物凄い笑顔でこちらを見ていた。
「深雪君の彼女さんは、優妃ちゃんだったのね！？」
「ち、違います！　何でそう……」
　なるんですか。と、続くはずだった声が尻すぼみになる。優妃に残酷な場面を見せないようにと必死になった結果、いつの間にか彼女の事を抱き締めていた。顔が真っ赤になり、優妃から手を離す。混乱している様子の優妃が離れようとするが、彼女の髪は深雪のボタンに絡まっていて身動きが取れない！
「二人とも赤くなってかわいいなぁ。そう照れるな深雪！　今夜は赤飯でも炊くか？」
　ニヤニヤしながら渚砂がそう言い、お兄さん赤飯は得意だから！　と、謎の主張をする。
「ちがっ……そうじゃなくて！」
「まったく、駄目だろ、深雪がそんなに慌ててちゃ。男ならもっと堂々と構えて……」
　渚砂の脛に、思い切り蹴りが入る。調子に乗りすぎた渚砂に鉄槌を下した深雪が何とか髪の毛を解こうとするが、痛む右手が上手く動いてくれない。
「もしかして、渚砂君も含めた三角関係とか！？」
「それはないですね」
　はしゃぐ麗佳に、渚砂が真顔で否定する。突然の表情の変化に戸惑う周囲の気配を感じたらしく、渚砂は再びヘラリと人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「自分には恋は遠いものかなー」
「そんなことは良いから、どうにかしてくれ！」
　深雪の悲痛な叫びに、やっと何かが起きていると気付いたらしい。茉菜がボタンに絡まった淡い金色の髪に気付き「すぐに取るからねっ！」と気合を入れるが、修に止められる。不器用な彼女では、更に絡めてしまいそうだ。悪ければ、優妃の髪か深雪のボタンが犠牲になるだろう。最悪は両方と言うのも有り得る。
「髪、切って良いから」
「絶対ダメよ！」「絶対ダメですぅ！」
　優妃の言葉に、恩と牡丹が声を合わせて否定する。女の子の髪を切るなんて、とんでもない。小淋が手助けをしようと立ち上がるが、ロベルトが優妃の髪を解く方が早かった。
「大丈夫だった？」
　罠にかかっていた小動物のような目をした優妃が、ロベルトをジッと見上げる。
「ロベルト君も彼氏の一人なのね！」
　見詰め合う二人に麗佳が興奮したような声を上げる。力強く首を振って否定する優妃だったが、ロベルトに若干の悪戯心が芽生える。
「まさか僕以外にも彼氏がいたなんて……可愛い顔してなかなかやるね、優妃ちゃん」
　冗談っぽく言ったのだが、優妃は大混乱に陥り、顔を真っ赤にしたまま「彼氏、違う。私、違う」と、片言でオロオロしている。
「冗談だよ優妃ちゃん。僕はどっちかって言うと、ライバルかな？」
「え！？　ってことは、ロベルト君と深雪君と渚砂君の三角関係なの！？」
　麗佳が斜め上の解釈を繰り出し、深雪が「違います！」と即否定するが、空気は微妙だった。優妃がすっと立ち上がり、オズワルドに持たせるための指揮棒を作っていた小淋と、彼女を教えていた万里の間に座る。話しかけても目を合わせてくれなくなった優妃に、深雪が笑顔でロベルトを表に連れ出す。外で何が行われているのかは、考えたくない。
「浅山さん……あのね、私、勘違いしてたの」
　どうやって優妃の誤解を解こうか悩んでいた小淋の耳に、小さな声が聞こえる。三人は付き合っているわけではないと言うなら今だと感じた小淋がスケッチブックにペンを走らせるが、書きあがる前に優妃がとんでもない事を言い出した。
「私ね、三人とも、男の人だと思ってたの。三角関係って事は、誰かが女の子なんだよね？　……誰が、女の子なの？」
　その誤解を解くのにかかった時間は、長かった。