Un peluche importante｜リアクション

Un peluche importante

　薄い桃色の生地で作った塊の中には、赤い布の切れ端と綿が詰め込まれている。一見すると胎児のようにも見えるぬいぐるみを前に、エレノアは裁ち鋏をゆっくりと開閉しながら笑顔で麗佳を見上げた。
「何に見えます？　胎児のぬいぐるみ？　……違います、これは肉の塊のぬいぐるみです。タイトルは『コンセプション』です」
　いつの間にか、教室中の視線がエレノアに集まっていた。まぁ、隅に座っていたお姫様は王子様に守られていて、見ていないけれども。
「さて、物事には良い面と悪い面があります。恋愛も勿論そうです。しかし、皆汚い部分は見ないふり。穢れた欲望に洒落た包装を施して持て囃しているのだから世話ないです。そして時に、恋人達は快楽を貪った対価を取り立てられる。愛の誓いなんて、脆い物です。ましてや高校生では、ね。……貴女は恋愛を崇高な物と捉えているようですが」
　裁ち鋏の刃が、ぬいぐるみの頭を挟む。切っ先は真っ直ぐに麗佳へと向けられ、エレノアは溜息混じりに言葉を紡ぐと鋏を閉じた。
「私は、そうは思いませんね？」
　切られた頭部が、コロコロと机を転がり、床にベシャリと落ちた。
「おや、何です？　私がこの肉の塊を作ったんです。何をしようが勝手でしょ？　そうそう、言い忘れていましたが、私に彼氏がいたというのは嘘です。あっははは！」
　笑い声を上げながら、周囲に目を向ける。怪訝な顔をする人、不快そうに眉を顰める人、困ったように俯く人。中でも面白いのは、隅に座っている深雪の反応だった。鋭く睨みつける彼の胸には、小さな女の子がいる。目を塞ぎ、耳を塞いで、残酷な物を彼女に見せまいとしている。必死な姿は可愛らしいが、それで守ったつもりなのだろうか？　世界は残酷なもので溢れている。たった一つの残酷さから彼女を守ったところで、結局いつかは見てしまうというのに。
　俯いていた麗佳の口から、小さな声が漏れる。どんな事を言うのか楽しみに待っていたエレノアだったが、紡ぎ出された言葉は想像の斜め上をいっていた。
「これが世に言うヤンデレってやつなのね！？」
　興奮した様子の麗佳に、小さな笑いが巻き起こる。冷え切っていた教室の空気がジワリと温められ、穏やかな空気に戻っていくのを感じながら、エレノアは切断された胴体に目を向けた。
「……あの人、空気が全く読めないって訳でもないと思うのよね」
　さゆるがポツリと感想を呟き、聖が悲しい顔のまま落ちた頭部を拾い上げ、そっと机の上に乗せる。きっと、この子が誰かから愛される事はないだろう。あてつけの為に作られた不気味なぬいぐるみだったが、それでも彼らに心が宿っている事を知っている聖は、悲しかった。無性にしろに会いたくなって、聖は出来上がったばかりの毬を手に取ると、麗佳に挨拶をしてから教室を後にした。家に帰ったら、毬をしろの傍に置こう。喜んでもらえると良いけれども……。立ち止まると悲しい思いに飲み込まれてしまいそうで、聖は気がつくと走っていた。
　各自が作業に戻る中、満月はそっとエレノアの隣に座ると彼女の端正な顔を覗き込んだ。
「それでアンタ、本当は何を作りに来たんさね？　コレを作りに来たわけじゃないと思うんだがねぇ。あたしも手伝うから、本当に作りたかった物を作ってみないかい？」
　そう言う満月の顔は、お客を迎え入れる時のような明るい笑顔だった。