あるひまわり畑で面倒なことが起きました｜リアクション

あるひまわり畑で面倒なことが起きました

　耳に馴染みのある歌の歌い出しを口ずさみながら、真辺伸幸は歩いていた。もちろん体はハムスターである。口ずさんでから、歌われていた畑はサトウキビだったかとぼんやり思った。伸幸が今いるのは、サトウキビではなく、ひまわりの畑。
　とりあえず薔薇の香りを頼りに、慣れない体でひまわりの種を探す。体がハムスターだといっても、普段四足歩行なんてしないから、動きがどこか、ぎこちない。バランスを崩して転がってしまう。なんとか起き上がってひまわりの葉っぱに乗っかろうとして、今度はころんと落ちてしまう。

「あれ」

　地面に落ちた伸幸は、そのままころころ転がってみた。

「ハムスターってすごいねぇ」

　これは驚きだ。地面を転がっているのに、あんまり痛くない。体を覆う毛がふかふかで、守ってくれているからだろうか。
　ハムスターと魂が入れ替わってしまったのには驚いたが、自分の本体はきっと朝まで寮で寝ているはずだ。

「朝までに見つかるといいのだけれどー」

　人間の体のときと同じように間延びした口調で呟いて、やっぱりころころ転がっていく。
　あっちにころころ。こっちにころころ。
　視界の端に、黄金色っぽいものが見えた。

「これかねぇ」

　近くまで転がってから起き上がり、黄金色いっぽいものに思い切り噛み付いた。
　それは痛いとは言わなかったが、驚いたように四つん這いのまま後ずさる。

「……ぬん。違ったのよー」

　それもそのはず、伸幸が噛み付いたのは、種ではない。ひまわりの花でもない。
　八十八旗信彦の髪だった。噛み付いてみれば、容量も形も種のそれではないから、間違ったことに気付ける。だが、視力の弱いハムスターにとっては、噛み付くまでそれが種が否かが分かりにくい。
　信彦はころりと地面に降りると、また種を求めて転がっていく。

　後木真央はとにかく薔薇の匂い頼りに種を探していた。必死でひまわりをよじよじ登って、金色っぽい種を齧ってみる。
　美味しいが、普通の種のようだ。
　また他に金色の種を取っては齧り……を何度も繰り返す。

「おかしいのだ、ここの辺りみんな薔薇の匂いがするのに、戻れないのだ」

　それもそのはず、ちょうど真央が登っているひまわりに近いところに八十八旗信彦の本体がいたのである。
　薔薇の匂いの大本は、ひまわりの黄金種ではなく、信彦が常備している薔薇だった。

「ちょっと他のところも探してみるのだ」

　ハムスター真央は信彦本体には気付かなかったが、気分転換とばかりにその場を離れる。
　そしてそれが功を奏し、本当の薔薇の匂いのする黄金種を見つけることができた。
　人間に戻った瞬間、真央はろっこんを使用し三毛猫を１匹召喚する。

「にゃにゃにゃがおー！　このひまわり畑近くにいるハムスターを全回収するのだ。勿論食べちゃ駄目なのだ！」

　そうして、真央は懐中電灯を片手に、黄金の種とハムスター探しをする。真央が薔薇の匂いをさせていれば、他のハムスターが集まるだろう。その計算から、黄金の種を見つけたらポケットに入れておこうと心に決める。
　そういえば、と真央は電話のことを思い出した。ハムスターと魂が入れ替わってしまう前に、八神修からかかってきたあの電話だ。修は一体どんな用事だったのだろう。受信したままだったので耳を澄ましてみる。

「修ちゃん？　今どこにいるのだ？」

　返事は無い。修も真央に起こったのと同じ状況にいるのかもしれない。
　真央はハムスターを見落とさないよう気をつけて、ひまわり畑の中に足を踏み入れた。