『跪いて、崇めよ』｜リアクション

『跪いて、崇めよ』

【絡】

　終業のチャイムが鳴ると同時に、獅子目悠月は席を立ち帰り支度を始める。

「悠月、今から空いてる？」
「悪いが、今日も練習があるんだ」
「そっかぁ……」

　ロベルト・エメリヤノフの誘いもにべもなく断り、悠月はオルカ・ヴィヴァルディと共にそそくさと学校を後にした。
　向かうのは音楽ユニット『Re：』の相棒の家。練習というのはもちろん、音楽の話だ。
　星ヶ丘寮の一室に一人住んでおり、家族やルームメイトへの配慮も必要ない。
　下校中はほぼ一方的にオルカが話をし、悠月はもっぱら相槌を打つ役だ。
　中・低音域のハスキーなオルカの声は、煩わしさがなく、聞き取りづらさもない。
　レコードのようなマットな声質は、聞き慣れているためもあって心地よかった。無論口には出さないが。
　悠月は彼の声に耳を傾けながら、少しずつ練習に向けて気持ちを高めていく。
　その甲斐もあってか、オルカの自宅に到着する頃にはすっかり集中も研ぎ澄まされており、挨拶もそこそこに悠月は着替え始めた。
　気持ちだけ言えば、今すぐ練習を始めたいくらいだったが、制服のままでは動きにくい。
　そしてよく言えば失敗を誤魔化しやすいが、悪くいうと失敗の原因がわかりにくくなるため、悠月は身体のラインがくっきりと浮かぶ稽古着に着替えた。
　背中の開いたノースリーブに肩紐の細いキャミソールを重ねる。下はレギンスとショートパンツを重ね履き。
　そうして手際よく着替えていると、オルカが声を掛けてくる。

「今日は悠月にゼヒとも試してもらいたいものがあるんだよねえ」
「……なんだ？」

　訝しみながらも悠月が尋ねると、オルカは勿体ぶるように悠月をじっと見つめてから、黒いショートブーツを差し出した。

「悠月ちょっとコレ履いて踊ってみない？」

　悠月は渋面を浮かべる。
　エナメル質で光沢があるそれはどう考えても練習に使うような代物ではない。
　その上、レースアップタイプで、着脱にも手間が掛かりそうだ。
　それより何より、そもそもこの靴は女性が履くハイヒールのようにヒールが高く、細いのだ。
　悠月が乗り気でないことはオルカも当然気が付いているはずだが、それでも臆すことなく、むしろより前のめりになって勧めてきた。

「せっかくいい脚してるんだからさ～、使える武器は全部使ってかなきゃ」

　悠月は少しも疲労の見えない様子で嬉々と話すオルカを見やる。眉間の皺が深くなるのも仕方がないことだろう。

「その靴は踊りにくくないか？」

　悠月は至極まっとうな、正論を言うことで、決定打を放ったつもりだった。
　挑発するように勝ち誇った笑みを浮かべる。
　しかしオルカはそれでも諦めず、それどころか目の端も口の端もこれ以上ないくらい引き伸ばし、不敵な笑みを浮かべる。
　何も言わずとも、腹が立つ顔だった。

「それとも、これくらいのヒールだと踊れない？」

　何か言えば、余計に腹の底が煮える。
　オルカはますます不愉快な笑みを浮かべて、悠月の反応をじっと待っていた。

「ふん……、踊れないとは言っていない」
「お？」

　罠にかけられたことは自覚している。ニヤつくオルカの表情を見ていれば、馬鹿でも気が付く。
　だが、わかって罠に掛かるのだ。そう思えば悠月の自尊心も傷つかない。
　ただ自分から靴を履いてやる気にはなれず、悠月はソファに腰掛けオルカに向かって足を投げ出した。

「いいだろう試してやる、好きにしろ」

　せめてこき使われることで困ればいい。悠月の黄瞳が挑戦的に細められた。