寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在｜リアクション

寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在

『煙草を持っている人、この際、怒らないから持ってる子は手を挙げて』
　紙飛行機を折るのに使っていたノートのページに、大きな字でそう書くと、教室の端から座っている生徒達に見せてまわった。
　しかし、誰ひとり手を挙げる者はいない。
　ひふみは、この状況を傍観していた骨削瓢の席で足を止め、疑いの眼差しを向けたが、瓢は大げさに心外だという表情を見せ、にやにやと笑って持っていないと両手を挙げて肩を竦めた。
　ひふみは仕方なしに、あちこちを覗いてライターを探す。
（琵琶は木、それなら火に弱いはず）
　気付かれずに琵琶を燃やせれば、あの執着振りからすると慌てない筈は無い。
　誰かが大切にしてるモノを燃やすという考えには心が痛んだが、無理矢理巻き込まれた以上、指くわえて見てるのは性に合わない。
（絶対、皆と一緒に脱出してやるわ！）

　意気込むひふみを見送りながら、瓢はどうしたものかと考えた。
（少々、飽きてきたねぇ）
　最初は大人しくこの状況を鑑賞して楽しんでいた瓢だったが、変化のない状況にうんざりしていた。
　退屈そうに教室を見渡せば、全身を耳にして教室の時計を静かに睨みつけている後木真央の姿がある。
（ありゃあ、そろそろ限界だねぃ）
　瓢は、面白そうだとこっそり笑って、音を立てないよう気をつけながら椅子から立ち上がる。
　生憎と瓢の座った机の中には鋏がなかったが、暇に任せて消しゴムを小さく千切って鈴の隙間から押し込んでおいたので、とうの昔に鈴の音は封じている。
　瓢は座っていた椅子を持ち上げ、にこにこと笑み浮かべて、教壇の弁天さまに歩み寄った。
　敵意がない事を示しながら、弁天さまの背後に椅子を置き、その上に立つと弁天さまの肩を揉み始めた。
　小柄な瓢が立ったままの弁天さまの肩に手を掛けるには、いささか高さが足りなかったのだ。
　最初は警戒していた弁天さまだが、なかなかに気持ちが良いらしく、瓢の好きにさせている。
　瓢は、弁天さまの警戒が解けるのを見計らって、痛いツボを思い切り押した。
（硬っ！！！）
　弁天さまの肩は、津止先生の性格と同じくらい硬かった。
　悲鳴を上げたくなるような痛みを与えるはずが、痛くなったのは瓢の指の方だ。
（懐柔策が効かないとは、手ごわいねぃ）
　瓢は弁天さまに警戒されないよう、肩を揉み続けながら考えた。
　黒板の文字が目に留まる。
　――『弁天在る限り、教室在り』
（要するに、弁天の首を獲ればいいんだぁねぇ？）
　文言を物騒な方向に勘違いした瓢は、腕をするりと滑らせるとそのまま弁天さまの首を締め上げようとした。
　途端、弁天さまが振り返り、瓢を睨み付ける。瓢はすぐに両手を挙げ、敵意を誤魔化した。
（殺気にも敏感たぁ、なかなか骨が折れそうじゃないかい）
　再び笑顔で弁天さまの肩を揉みながら、瓢は機会を伺う事にした。
（最大限、堕ちるのは回避したいねぇ）
　それにしても、近くで見れば見るほど、津止先生にそっくりだ。
（仮装マラソンに出てたの、まさかコイツなんじゃ…）
　疑惑の眼差しを向けるが、答えは聞けそうにない。