寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在｜リアクション

寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在

　気が付けば、教室に囚われていた者達は、夕方の自分の教室の自分の席に座っていた。

「出られた…のか？」
　民谷が呟く。あの教室で、影に飲み込まれた後からの記憶がない。
「皆、無事かな？」
　ぼんやりと呟いた夏朝は、美野梨と顔を合わせ、２人揃って教室の扉から顔を出した。
　２組からは、圭花と利平が同じように顔を出し、様子を伺っていた。
　８組から飛び出してきた達磨は、笑顔で手を振ってこちらに駆け寄ってくる。
「えみなん、みのりん、無事ー？」
　ようやく声を出して話せるようになった３人は、ほっとしてお互いの無事を喜んだ。

　八神がすぐに音楽室と音楽準備室の間の廊下へと向かうと、先に来ていた御剣が、何もない壁をぺたりと触っていた。
「夢じゃないよな？」
　御剣の言葉に、八神が頷く。
　教室での出来事を思い出していると、音楽準備室から津止先生が出てきた。
「どうした？」
　思わず身構える八神と御剣に、津止先生が声を掛ける。
「あの、この学校に琵琶はありますか？」
　八神が津止先生を探るように尋ねた。
「琵琶？」
「例えば、弁天に由来するとか、牛が関係するいわくがあるような…」
　考え込む津止先生を八神はじっくりと観察する。見れば見るほど似ているが、先ほどまで弁天さまの格好で生徒をからかっていたようには思えない。
「そう言えば、随分昔に琵琶が消えたという話があったな」
「本当ですか？」
「ああ。確か、戦前に鈴島に住んでいた琵琶の名人が鈴島の桑の木を使って作ってもらったもので、その方が亡くなられて、弁天堂に奉納される前に本校の授業で拝見させて頂ける事になったが、授業中に騒いだ生徒が壊してしまい、準備室に置いていた時に消えたと聞いている」
「今だに見つかっていないんですか？」
　御剣が聞くと、津止先生は頷いた。
「見つかったという話しは聞いていない」
　早く帰りなさいと言って、職員室の方へ去って行こうとする津止先生に、走ってきた真央が涙目で勢い良く抱きつき、津止先生を困惑させている。

　その様子を遠目で見ながら、八神がため息をついた。
「津止先生は関係なさそうだな…」
　腑に落ちない表情の八神の横で、御剣が考え込んでいた。
「鈴島の地下に、遺跡があったんだ。そこには島が爆発する程の神魂が封印されていた」
　御剣の呟きに、八神が考えを巡らせる。
「例えば、その封印された神魂の上にあった木を使って作った琵琶なら、何かしら神魂の影響を受けていてもおかしくはないと思う。だが、そんな偶然…」
　ないとは言い切れない。
「あの琵琶、壊れていたんだな」
　御剣が言った。弁天さまは、琵琶を弾きたくても弾けなかったのかもしれない。
「……今日は疲れたな。もう帰るよ」
　それじゃ、と八神は御剣と別れて学校を後にした。

　津止先生との会話を聞いていた瓢は、その足で図書館へ向かった。
　無事に出られたら、あの教室の現象が神魂か、ろっこんか、それとも元からあった不思議なのか、弁天や影、あれらが何なのかを調べてみようと思っていた。
　調べる前に、津止先生からの情報を得られたのは儲けものだ。
　瓢は、鈴島、琵琶、弁天、消失事件、それらに関する本と資料を手当たりしだいに集めた。
　気がかりなのはただひとつ。
（…まさかこの先、七福神、全部でてきやしないだろうね？）
　とりあえずは、弁天さまから調べる事にした。

「やっと帰れる」
　円は校門を出ると、大きく伸びをした。
　外の空気が美味しい。
　――にゃーん
　植え込みから、赤いバンダナを首輪代わりにつけた茶トラ猫のにゃーくんが円の足下に駆け寄ってきた。
　円はにゃーくんを抱き上げると、いつものように肩に乗せた。
「にゃーくん、お待たせ。帰ろっか」