寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在｜リアクション

寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在

　席に戻ってきた美野梨がノートに向かう。
『結果は残念だけど、音楽に対して無関心でないと分かったのは収穫ね』
『弁財天は、芸術の神だよね。その方面で心を揺さぶれるって事？』
　円が自分で書いた文章の『心』の部分を丸で囲んだ。
（心を揺さぶるって、どういうものだろう…）
　円が考え込むと、美野梨がヒントをくれた。
『無音の音楽と言えば、音のない楽曲があると聞いたことがあるわ。五感で音楽を味わい奏でろということなのかしら。体を動かせばリズムはとれるけど』
　その文章を読んで何事かを思いついた円が任せてと微笑んで、いったん席に戻った。

　円は、机の中からそろりと音楽の教科書を取り出し、津止先生の演奏していた曲か、先生の青春時代の曲がないか探した。
（先生は４７歳だから…青春時代なら３０年前の曲かな）
　その中でも津止先生が好みそうな硬派で真面目な曲をと探したが、どれもしっくり来なかった。
　以前、和装パーティがきっかけで三味線を習った後、興味を持って伝統楽器を多少調べていたので、弁天さまにあやかって古風な曲をとも思ったが、さすがに琵琶の曲は教科書に載っていない。
　円は結局、三味線を習うきっかけになった曲を選んだ。

　教壇に上がり、弁天さまの横に正座した円は身なりを整え、左手を肩の上へ、右手を腰の手前に持って行き、三味線を抱えるようなポーズを取った。
　何事かと生徒達の視線が集まる中、円は気持ちを込めて三味線のエア演奏を始めた。
　おばあちゃんの為に弾きたいと願ったあの時の想い、あの後調べた歌詞の意味、それに込められた情景を頭に浮かべながら、多少のアレンジまで加えつつ、円は情感を込めてエア三味線を熱演する。
　弁天さまの顔を見上げれば、真面目な顔で円を見ていてくれた。
（これでいいのかな？）
　相手にされなければ、弁天さまの心に響く曲がわかるまで引き続けるつもりだった円は戸惑いながら、最後の一音まで丁寧に引き終えた。
　見上げれば、余韻にひたるように穏やかな顔の弁天さまが、正座したままの円の頭を優しく撫でた。
　それも束の間、弁天さまはすぐに手元の琵琶に視線を戻してしまったのだけれど。

『ほめられたみたい』
　戻ってきた円が美野梨のノートにそう書くと、皆が声に出さず苦笑する。
『意外と、悪い奴じゃないじゃん』
　達磨はそう書くが、消えて行った生徒の末路を知る夏朝と御剣は顔を曇らせた。

『それじゃあ、今度はこちらの番だな』
　八神が新しいページに大まかな計画を書き始めた。
　それを皆と筆談で話し合い、最終的な行動や分担を決めて行く。
　八神が『最終案』と書いた文字を丸で囲んだ。
　それじゃあと達磨がノートに大きな文字で書いた。
『弁天移動大作戦開始！』