寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在｜リアクション

寝子高七不思議シリーズ：存在しない教室の存在

　まずは、御剣が慎重に自分の椅子を運び、弁天さまの横に椅子を置いた。
　その間に美野梨が教壇に近い教室の扉をゆっくりと全開にする。
　弁天さまに近付いた夏朝は、相変わらず琵琶に夢中な弁天さまの死角から手を伸ばし、琵琶にねこシールを貼り付けた。
（重く…）
　夏朝のろっこん『重く軽く』が発動し、琵琶が突然重くなる。
　慌てて大事な琵琶を抱え込む弁天さまを、夏朝はそのまま御剣の用意した椅子の方向へ押した。
　弁天さまがすとんと椅子に腰掛けると、夏朝は弁天さまにもねこシールを貼り付け、もう一度重くなるよう念じた。
　自分と琵琶の重みで弁天さまの動きが封じられる。
　夏朝はそのまま、最後のねこシールを椅子に貼りつけ、今度は逆に『軽く』と強く念じた。
　椅子の側にいた御剣が力を入れると、椅子は微かに引き摺るような音を立てたが、弁天さまを乗せたまま軽く動いた。
（いける！）
　御剣が頷いて見せると、生徒達が一斉に集まって協力し合い、弁天さまの座った椅子を持ち上げると扉目掛けて押し始めた。
　弁天さまが足をついて抵抗すると、椅子の足が床にこすれた。
　音に反応して、教室に半透明の影が現れては消える。
　これほど教壇から入り口までが遠いと感じた事はない。
　達磨、御剣に八神と民谷の男性陣を中心に、女子も精一杯協力する。
　慌てる弁天さまの手が、椅子のねこシールに掛かった。
「ダメ！」
　思わず夏朝が叫ぶと、たちまち現れた黒い影が長い角で夏朝を串刺しにする。
　同時に弁天さまが椅子のねこシールをはがし、椅子が急激に重くなった。
「弁天を何とかして、皆で脱出して…！」
　そう叫ぶ夏朝の手をとった美野梨が、とっさに達磨のシャツを掴んだ。
（１人では抵抗できなくても、みんなで繋がれば……）
「弁天を巻き添えにするのよ」
　美野梨の言葉に、達磨が椅子ごと弁天さまに抱きつく。
　ギギィと椅子が音を立て、達磨にも影の角が突き刺さった。
　床に引き込まれる圧力は、達磨の腕力を遥かに凌駕していて、達磨の痺れた腕は力尽きて椅子から解かれた。
　夏朝に続き、美野梨と達磨が床に広がる闇へと沈んでいく。
「残念ね……どこに通じているのかしら？」
　美野梨が小さく呟いた。
「んー、そもそも解決は俺には無理って事か。じゃ。みんな後は頼んだぜ！」
　明るく言って、達磨が消えた。

　皆がひるんだ隙に、弁天さまが琵琶に貼られたねこシールを剥がした。
　次いで自分に貼られたシールに手を伸ばすのを見た御剣が力いっぱい椅子を押す。
　音を立てようが、この機会を逃せばチャンスはもうないだろう。扉はすぐそこだ。
　案の定、椅子が派手な音を立てる。
「ああくそっ！……悪い、後は頼む」
　影に連れ去られる御剣の後を、民谷と八神が補い、椅子を押す。
　床に引き込まれるまでに少しでも扉に近付かなければならない。
　円は弁天さまの手を掴み、最後のシールが剥がされるのを阻止した。
　
　黒い影が再び現れ、民谷と八神を角の餌食にする。
　一か八かと、民谷は牛鬼用の呪文を唱えた。
「石は流れる、木の葉は沈む、牛は嘶き馬吼ゆる！」
　しかし、影には何の効果もないようだった。
「やっぱりダメか。み、みんわーっ！」
　民谷は謎の断末魔を残し、床に飲み込まれていった。
　影に飲まれながら、八神は目の合った圭花に、教壇の端を指差して何かを訴えながら消えて行く。
　今度は凛、アリーセ、小麗の３人が、その後を引き継いだ。
　――あと３０センチ。