暑いんです。｜リアクション

暑いんです。

　そんな騒動にも真央は気付くことなく、目の前に広げた白紙のノートを凝視していた。
　涼しい日陰のベンチを陣取ったはずなのに、暑い。考えすぎて頭がぐるぐる。ぴーっと沸騰したヤカンのように、ただ熱を発している。
「……進まないのだーっ！！」
　とうとう真央は自分の頭を抱えて叫んだ。
　テーブルに可愛らしいネコ柄のシャーペンと大学ノートを放り投げ、じったんばったんとベンチをごろごろすることしばし。ぴたりと止まると、はーっとため息をつきながら起き上がる。
「真央ちゃん、頑張ろうなのだ。ごろごろしても宿題終わらないのだ……」
　テーブルの端には空になった麦茶のペットボトルとミカンの皮。それぞれ円と月詠の差し入れだ。まったり昼前のおやつを楽しむ前に、宿題を進めておけばよかったと後悔する。
「ええと、『昨日私は動物園に行きました』、と。……いやいや、当日書かなきゃいけないから今日でいいのだ頭働いてないのだ」
　熱気のヤバさが脳を侵食している。真央はシャーペンを振り振り、懸命に英訳の宿題へと立ち向かう。
「『Ｔｏｄａｙ，Ｉ　ｗｅｎｔ　ｔｏ　ｔｈｅ　ｚｏｏ．』、と。完璧なのだ！」
　かりかりとノートに書き込めば自然と笑みが浮かぶが、それも一瞬で掻き消える。
「……これ一文で終わりにしたらさすがに雪乃ちゃんセンセーに怒られそうなのだ……」
　何故あの日、五限の英語授業に遅刻した上に爆寝などしてしまったのだろう。結果がこの宿題の山である。
「うー、どんなに頑張っても小学生並みの文章なのだ……」
　どんどんと頭の回転が鈍くなっている気がする。水分補給をして気持ちを引き締めなければと、真央は持ってきた水筒からお茶を飲むことにした。
「あちっ！？」
　この熱気で水筒の中身まで熱くなっていたらしい。そろそろこの水筒は寿命なのかもしれない。
「……終わったのだ。燃え尽きたのだ。英語なんてなくなっちゃえばいいのだ」
　不貞腐れたように呟く真央を見かねたのか、集中しているからと声をかけるのを遠慮していた彼はたまらず声をかけた。
「英語なら教えようか？」
　真央が振り返れば作業着姿のままの修が傍に立っていた。
「……飼育員さんになった修ちゃんの幻覚まで見えるようになったのだ！？」
「幻覚じゃないぞ。それにこの作業着は借りてるだけだ」
　微苦笑交じりに修が言えば、うるりと真央の目が潤む。
「修ちゃ～ん、英訳終わったら一回見てほしいのだ反省したのだ助けてぷりーずなのだ暑くて全然頭働かないのだ～」
　宿題の進まなさにかなり追い詰められていたらしい。かなり本気の勢いで泣きついてきた真央に、修は仕方がないなと肩を竦めた。
「落ち着いて文章を読めば大丈夫だよ。焦らなくていいから、ひとつずつ問題をこなしていこう」
　いつもの落ち着いた修の声。それに真央は落ち着きを取り戻したのか、ひとつ頷く。
「修ちゃんはやっぱり頼りになるのだ！」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
　真央の満面の笑顔を修はまぶしそうに見つめた。