暑いんです。｜リアクション

暑いんです。

　がちゃがちゃがたたっ。

　白熊コーナーの入り口付近から聞こえてきた音に、プールの中のグリフとヒースは何事かと振り返る。
　コーナー内でいつも日陰になっている場所で、飼育員が二人何やら作業中である。
「よーし、これで土台は大丈夫っスね。ホースはこっちの壁際に固定するので大丈夫っスか？」
「大丈夫ですよ。土台もテープで固定すると強度が増すと思います」
「わかったっス」
　修の指示通りに熊山が動く。修も修で比較的軽い作業のテープ止めを手伝っている。
　その姿が好奇心旺盛な子供心をくすぐったらしい。プールから出たヒースが、とことこと修目指してやってくる。
　くんくんと鼻を動かして修を見上げ、いつもの飼育員じゃない、とヒースは不思議顔。足元をもぞもぞ動くヒースに気付いた修は慌てて動きを止めた。
「修くん、ヒースに懐かれたみたいっスね。こっちはまだ細々道具転がしたままなんで、そのままヒースと遊んでこっち来ないようにして欲しいっス」
「わかりました」
　修がしゃがみこめば、ヒースはよじよじとその足を登って膝の上に陣取った。ごろごろと体勢を変え、ベストポジションを探し始める。
　そっと撫でればふわふわとした毛並みの感触。それにヒースがもっと撫でてと甘えた声を出した。
「わかったよ。どこを撫でて欲しいんだ？」
　それを見ていたグリフもプールから上がり、どっかりと修の隣に座りこんだ。
　撫でるのならこっちもお願い、とグリフに見下ろされ、修はしばし白熊親子を撫で続けた。

　白熊コーナーの手すりからファインダー越しにそれを見た真央は、うむむと唸ってから構えたデジカメを下ろした。
「修ちゃん、飼育員さんになっちゃったのだ？　こんなに暑いから真央ちゃん幻覚見てしまってるのだ？」
　コーナー内にいるはずのない修の姿に真央は混乱する。
　自分が見たものが本当かどうか不安になった真央は、隣で一眼レフを構えるティナに声をかけた。
「あの中にいる人、真央ちゃんの友達なのだ。そのはずなのだ。でも修ちゃんは真央ちゃんと同じ高校一年生なのだっ！　あそこにいるのは真央ちゃんの知ってる修ちゃんでいいのだ？」
　必死な真央にティナは撮影を中断する。
「私は修ちゃんという方を知りませんけれど、学生があの中に入れると聞いたことはありませんわね。特別な許可でも貰ったのなら、話は別でしょうけれど……」
「ならあれは修ちゃんじゃないのだっ！？」
　ティナの言葉が真央に修の姿は暑さでの幻覚だと後押しする。
「うー……ありがとうなのだ。証拠写真は撮ったし、真央ちゃんちょっとだけ休憩するのだー……」
　真央はそう言って足元に置いた大荷物を拾い上げると、ベンチへとよろよろ退避する。
「特別な許可を貰っていたのなら、あれが修ちゃんという方で合っていると思うのだけれど……。あの子暑さで体調崩したのかしら？」
　ふらふらと歩く真央の姿を見、ティナは心配そうに呟く。
　念のため真央がベンチで休み始めたのを見届けてから、ティナは使い慣れた一眼レフのファインダーを再び覗き込む。
　曇りひとつないレンズを通して、日陰でごろごろ寝そべっている白熊親子が見えた。
　ベストショットを探しながら夢中でシャッターを切る。周囲の音がなくなるような感覚はいい写真が撮れる前兆だ。
　懇親の一枚を撮ったティナは顔を上げる。
「……グリフがカメラ目線でこちらを見てるような気がしたのだけれど」
　しかもポーズまで取っていたような……？　とティナはもう一度ファインダーを覗き込む。
　レンズの中で、グリフが大きな前足を突き出していた。何かを催促するよう肉球を表にし、ぷーらぷーらと上下に振っている。ティナを方をじーっと見て、だ。
　あらあらとティナは笑うと、飼育員から貰った氷をプールに投げ入れてあげるのだった。