たんぽぽ畑でさよならを（笑）｜リアクション

たんぽぽ畑でさよならを（笑）

●別離、夢から醒めて

「んあ？　現実に戻ってきたか……」
　夜の空き地で起き上がった神無月文貴の前で、兄だった青年も身を起す。
「文貴さん、貴方だったんですね」
　檜山立樹はすでに、物腰柔らかなバーテンダーとしての顔を取り戻していた。文貴は店の常連だ。
「立樹か。あーあ、よく寝てやがるぜ、おやっさんもよ」
　だらしなく眠る赤ら顔の老人に、しかし憎めないものを感じて。
　文貴はその顔を覗きこんだ。
「次は、こんな野っ原で寝酒なんて寂しい事言わず、ご相伴させてくれ。死んだ親父の分までさ……」
「不思議な夢でしたね」
「ああ。てめえも飲むだろ、立樹」
　文貴がグラスを傾ける動作をする。
「ぜひとも一緒に飲みたいですね」
　穏やかな微笑を見せて、立樹は睫を伏せた。

「今夜の事は、二人だけのヒミツだぜ」
「もちろんですよ、文貴さん」

　新井米太郎＆新井椎名の双子の兄弟も、夢の終わりと同時に目覚めていた。
　見れば呼ばれた警察官も、やって来る所だ。これなら送っていく必要もなさそうだ。
「ふぅ、良かった……これで一安心……って、椎名くん？」
　大吉を見て安堵する米太郎に構わず、椎名はピシャリと言い放つ。
「時間を浪費しました」

（……え！？　お、怒ってる！？　しかも、凄く！）
　慌てて、歩き出す椎名の後を追いかけながら、米太郎は謝罪した。
「あ、あっは……その、付き合わせてごめんね」
「謝るくらいなら、最初から俺の言うことを聞いておけば良いんです」
「う、うん……そうだよね。でも……ありがとう」
　米太郎の言葉に、椎名が足を止める。
　そしていきなり、米太郎の頬を張った。
「椎名くん！！？」
「蚊です」
　椎名が見せた掌の中で、確かに蚊が潰れていた。
「あ、あは……蚊か、蚊ね……」
　脱力する米太郎に、椎名が言い捨てる。
「……これきりにしてくださいね」
「……」
　声色は、相変わらず硬かったけれど。
　たんぽぽ畑を渡る風のように、ちょっぴり優しかった。

　飯田幸に起こされて目覚めた御剣刀は、最後まで顛末を見守っていた一人だ。
　思い返すのは、大吉との最後の別れ。

（まあ夢だろうって思ってたよ。
　だからこそ言えたんだし。
　あんな事、普段じゃ絶対に言えないし言いたくない。
　色々あって疲れてて、ちょっと弱っていたのかな）

「今回は飯田に助けられたな、ありがとう。お礼に今度、何かご馳走するよ」
「え、でも」
「いや別に、飯田がいつも腹ペコとか思ってないし、以前もらったおにぎりが美味しかったから、そのお礼だし」
　慌てて付け加える刀に、幸は笑った。
「そうじゃなくて」
「ん……？」
「今日も助けに来てくれたのは、刀くんでしょう？」
　ありがとうと笑う彼女に、刀は後ろ頭を掻いた。

　矢萩咲は目覚めてなお、うわ言を繰り返す大吉に悪戯っぽく笑う。
「ほら、おうちの人がお迎えに来たわよ。本当に貴方という人は、家族に心配ばかりかけて……とにかく、また酔っぱらってたら介抱してあげるわ――パパ」

このページにイラストを設定する