睡魔と戦え！　リターンズ｜リアクション

睡魔と戦え！　リターンズ

【美術室：美術】

「芸術というのは一体なんだろうね」
　椅子に深く身をあずけ、抽象画をぼんやりと見上げながら、美術担当の泉竜次は語り始めた。
「なんで学校の授業に芸術があるのか、疑問に思ったことはないか。俺は学生時代何度もあるよ」
　泉先生に向かい合い、鏡の前でパレットと筆を手にして、多喜勇生は硬直していた。
「ごめんな多喜。続けてくれ」
「いえ……そもそも僕はまだ何も描けていません」
「そうか。いいんだよそれで。納得がいくまで悩み抜いてから描くといい」
「泉先生、本当に僕は自画像を描かないといけないのですか？」
「ああ」
「しかも、眼鏡無しで！？」
「ありのままの君を描きたまえ」
　美術室の時間は静かに流れていく。

　勇生は鏡に映る自分を見た。つり目で三白眼の、憎たらしい悪人面がこちらを睨み返している。
（人前で絶対に見せないこの素顔を、絵にしろと……しかも僕めちゃくちゃ絵が下手なのに）
　眼鏡の下に隠された勇生の本性を知ったら、周りの人間はどんな反応をするだろう。

「こっちを見ないでっ！」

　小さい頃に付けられた心の傷を思い出す。勇生の目を見た誰かがそう泣き叫び、それが飛び火して一時期避けられる存在になってしまった。それがきっかけになって、自分も目を見るのが嫌いになったのだ。
（だから無理だ、自画像なんてぇ！）
　鏡から目を背ける。そうやって直視することを避けてきたから、画力も向上しなかったのかもしれない。

「多喜、何ションボリしているんだ。もっとポジティブになれ」
「ポジティブですかぁ」
　今一度、勇気を振り絞って鏡を覗き込む。
「今日も僕の顔は！　世界で一番かっこいい悪人面だなぁ！」
「そうだ、その意気だ」
「……いや、やっぱり恥ずかしいですぅ」
　赤面し、部屋の隅で必死にダンスを踊っている少女の方を見た。こちらのことなど構わず、ひたすら練習に打ち込んでいる。

「夢宮、まだポーズが歪んでいるぞ。あとその振り付けはセンスがないな」
「えー！　そんなこと言われてもー！」
　ずばり言う泉先生に、夢宮瑠奈もほとほとうんざり気味だ。
（ムー。何回目のダメだしかなぁ？）
　がっくりうなだれる。しかし泉先生の指摘は的確だった。マンツーマンで教えられ、少しずつセンスの階段を上っている手応えがある。
（これもアイドルになるため！　絶対センスをマスターしてみせるんだ！）
　涙で潤んだ目をまたたくと、全身を使って練習を再開する。

　ひたむきな瑠奈の姿に、勇生は圧倒されていた。
「美術というのは、自由だと思うんだ」
　再び語りだす泉先生。
「自由……」
「やりたいときにやればいいし、やりたくないときはやらなくてもいい。動機だってなんでもいいんだ。アイドルデビューしてちやほやされたいとか、女の子にモテたいとか、なんでも。自由さ。自由に自分の思う通りに、そのままの自分を表現するのが芸術なんだ」

　勇生はまた自分の顔と対峙する。
（そのままの自分……悪人面のこいつと向き合わないままじゃ、いつまで経っても、誰とも向き合えないよなぁ）
　気になっている子と親しくなるためにも。今の自分を受け入れなくては……！

「芸術だけじゃない。学校で習うあらゆる科目が自由だ。自分の思った通りに突き進めば、きっと答えは出る。それを知ったのは大人になってからだったな」
　自分の世界へ没入し、窓際へと寄る泉先生。
「今もきっと他のどこかで、自分の苦手な科目に悩まされながらも戦っている生徒がいる。彼らに自由の素晴らしさを伝えるため、お前らなりの自由を見せてみろ！」
　決まった。身を翻し彼らの反応をうかがう。
　瑠奈は汗を散らしながらダンスを続け、勇生は画用紙に向かって筆を動かし始めていた。
「うん、誰も聞いてないね、うん。自由でよろしい」

　ほどなくして、勇生と瑠奈は、出来の善し悪しは別として、自分らしさ満載のセンスが詰まった作品を提出し、泉先生から花丸をもらうのだった。

多喜勇生
苦手：自分の顔、描画　対決：自画像を描く
対決結果：勝ち　美術の点数がアップ！

夢宮瑠奈
対決結果：勝ち　体育の点数がアップ！