●変態と幼馴染とその兄貴分●


【寝子ヶ浜海岸・砂浜】

　邪衣 士は、にぎわう浜辺をぶらぶらと散歩していた。
「いやいや、のんびり散策……はやめておこう。
　いくら海とは言え、ここでも迷子になりかねん」
　子供の迷子なら続出している、今日の寝子ヶ浜だけれど、邪衣の迷子は体質なのだ。この年でさすがに、いっしょくたにされるのは恥ずかしい。
（それにしても、海か……海と言えば今日見た悪夢を思い出すな……）





　ぽわわわ〜んと漏れ出たフキダシを、慌てて掻き消す邪衣だ。
「あの身体測定の時の状態で、なんで俺は海にいたんだろうか……とにかくいやな夢だった……」
　気を取り直して、
「まぁ今日はのんびり過ごそうかね、
　たまにはこうやって羽を伸ばすのも悪くない……ん？」
　そこで、何かイベントの準備が始まっている砂浜を通りがかり、
「２人２脚スイカ割り大会？　優勝ペアには商品券３万円分か……結構魅力的だな。
　参加する人も割と多そうだ……っと、あれは？」
　妹分の桃原 空音の姿をそこに見つけて、首をかしげる邪衣だ。
「何やってんだ、あいつは？」
　集まった選手のセクシー水着姿を、パシャパシャ盗撮してるらしい。まあ、いつもの変態行為なんだけど。しかし、その空音が背後から忍び寄っている、もう１人の知り合いの姿を見て、
（おや？　あのサッカー小僧は、確か桃原の……）





「──！？！？　このプレッシャー、まさか……！！」
　おぞましい気配を感じ、バッと志田 朝陽は後ろを振り向いた。
「グヘヘ水着姿美味しい（パシャパシャ）……て、
　こっ、このキュートなお尻のカタチは……朝陽くん！」
「いや人を尻だけで判別すんなよ」
「朝陽くん久しぶりじゃん！　何やってるのさこんな所で！」
「だから尻に話しかけるな尻に。
　ってしまったー！？　勢いで空音に声かけちまったー！」
　これまでの高校生活４ヶ月、ガン無視を決め込んでいた幼馴染にうっかり話しかけてしまい、その場にくずおれる志田である。その桃原 空音はと言えば、志田（の尻）に向かってもうプンスカだ。
「なんで高校に入ってからあたしの事避けたり無視するの？
　メール３０件も無視するとかあり得ない！」
　ええと。どうやらこうなったらもう、観念するしかないようだ。
「分かった無視してたのは悪かったって！　だから近づくな！
　その件についてはちゃんと話すから！」
　そして志田朝陽は、これまで空音を避け続けてきた理由を、話し始めたのである。


「あのさ、俺が空音を避けるようになったキッカケわかるか？
　中学の頃、俺を公園に呼び出したことがあったろ？
　あの時、こえぇ大量のオッサンに囲まれてさ……。
　死ぬかと思ったんだぞ！　よく覚えてないけど！」


　その体験が強烈なトラウマとなり、以来、他人に尻を触られると気絶する体質になってしまったのだ。
「そこまで大変なことになってたなんて！？」
　それを聞いてびっくりしたのは、当の空音である。
「あれはただの、ドッキリのつもりだったんだよ！」
「ドッキ……えっ？」
「確かに知り合いのおホモ様１人にビックリ撮影を頼んだんだよ。
　ドッキリビデオが欲しかったから！
　そっか、彼が張り切りすぎて仲間呼んだんだね。
　彼がビデオ無くしちゃったから、詳しいことは知らなかったんだよ！」
「ドッキリって、お前……お前なあ」
　驚愕の真実を知り、呆れるしかない志田である。
「こっちはあれ以来、夢に出るわ尻が……触んな！（ぺしっ）」
「（てへぺろ）軽い気持ちだったし、言ってくれればよかったのに……。
　まあ、食べられちゃっても美味しかったけど！」
（くっ、こ、こいつ……全然反省してないよな。スパッと縁切りするか）
　そう覚悟を決め、腐れ縁に終止符を打つ決意で、
「もう懲り懲りだし、お前に関わるとロクな事ないしさ……」
　そう絶交を言い渡して去ろうとする志田の手を、しかし空音がむんずとつかんで引き止めた。
「待って、嫌いにはならないで！　寂しいよ！
　そりゃ高校ではいっぱいお友達が出来たけど、
　昔から仲良くしてくれたのは、朝陽くん位しかいなかったし……」
　クゥ〜ンと涙目で彼を見上げる幼馴染の姿に、ズキンと志田の心が痛む。
（うっ……罪悪感が……確かに昔は友達いなかったもんな）
「その件については、本当にごめんね。あやまるからさ。
　だから昔みたいに……また仲良くしてほしいな」
「……あーもー、分かったよ！」
　しゅん、としょげきったその空音の殊勝な様子に、ついに志田の方が折れた。
（こいつだって、根は悪い奴じゃねぇからな……多分）
「これからはセクハラとかやめろよな！　約束だぞ！」
「うん分かった！　セクハラ自重……頑張（わきわき）る！」
「言ってるそばから喰い気味に尻を揉むなよ！？」
「だってだって！　これは手癖なんだもん（わきわきわき）
　手癖はやめらんないよ！　どうして分かってくれないのさ！　わああああん！（号泣）」
「な、泣くほど！？　わ、分かったよ……そしたらもういいからさ」
「へへーんだっ、まあ、うそ泣きだけどねっ☆」
「って、おい！」
「朝陽くん、これからもお友達でいてね！　今日はアイスおごるから！」
「おい、人にセクハラしに行くのもやめろよ？　アイスかけるのも禁止だからな！」


【海の家・マーメイド】

　さて一方の邪衣 士は、メイド海の家にまで足を運んでいた。何故だろう、志田 朝陽と桃原 空音の２人がいっしょにいる所を、途中から見ていられなくなったのである。
　理由は、本人にもよく分からない。
「という訳で海の家に来たのは良いんだが。
　理事長昼間っからお酒をあおるのは教育者として……」
　あいかわらずメイド店員たちに無理難題を吹っかけている、桜栄 あずさを見つけて、頭を抱える邪衣だ。どうして彼はこう、トラブルメーカーとばかり遭遇するのか。
「まぁ個人の自由ですけど……あ、そうだ」
　そこで先ほど見かけた、イベントのことを思い出して、
「理事長よかったら俺と、スイカ割り大会参加しませんか？
　良い暇つぶしになるかもしれませんよ」
「え〜？　スイカ割りぃ〜？」
「どうですか？　生徒たちとの交流の一環にもなると思いますし」
　けれどあずさ理事長、すでに相当酔っ払っており、とてもレジャーイベントなどに出場できる状態ではなさそうだ。これはだめだな……と諦めて立ち去りかけた邪衣の手を、ところが理事長がむんずとつかんだ。
「ちょっと、あなた誰よ〜？」
「えっ？」
　いや俺は、と名乗る邪衣に、
「なんだ、邪衣君だったの？　熊かぶってないから、誰だか分からなかったわ。
　いつもの毛皮はどうしたの、毛皮は。熊ァ！」
「いや、さすがに海に毛皮は……暑いですし、子供が泣きますし」
「熊かぶってないと、キャラの区別が付かないでしょうが！
　ちょっと！　どうするつもりよ！　ええっ！？（テーブルばんばん）」
「えっ、いや、どうするって」
　ワケの分からないことを言い出す酔っ払いに、困惑するしかない邪衣だ。
「そうだわ！　そこの……あなた！」
　そこで理事長がズビーシと指さしたのは例のドジっ子メイド、塔ヶ崎 璃亜である。
「ふぇ……わっ、私ですか？」
「あなたのそのメイド服、彼に貸しておあげなさいな？
　そしたら熊無しの邪衣君でも、キャラが立つわ！　いいことね！」
「えっ？　り理事長！？　ってキャーーーーーーー！？」





　全く意味が分からない論理で、理事長に服をひん剥かれ、水着姿になって泣く璃亜だ。
「あ、あんまり見ないでください。恥ずかしいです……」
　そして邪衣の方はと言えば、
「任せて！　女装なら私うまいから！」
　ノリノリの十文字 若菜の手により、例の海の家仕様のメイド服に着替えさせられ、
「ノースリーブでミニスカートのメイド服……って、おいこら！　何だこの格好は！」
　期せずして、今朝見た悪夢に負けず劣らずの恥ずかしい格好になってしまい、邪衣はその頭を抱えるのだった。