Riches have wings｜リアクション

Riches have wings

　旧市街のど真ん中に広げられたリュックの中身は、
　スケッチブック・スティック糊・マシンガン型水鉄砲・二リットルペットボトル（水入）・油性ペン・デジカメ・スマートフォン。
　計八品。
　後木真央は満足気にそれらを眺めてから、愛銃に手を伸ばした。
　その中に水を注ぎ入れ、しっかりと栓をして試し撃ち。
　水がぴゅっと勢い良く出て、真央はますます深く頷いた。
　次に見据えるのは空を飛び交うお札たち。
　奴らを思い切り睨みつけて、真央は吠えた。
「うぉぉぉ～、紙ペラ如きに負けてたまるかなのだ～！」
　真央のことなど知らんぷりをして優雅に空中のお散歩と洒落込む奴ら。
　にくい。許すまじ。そんな敵に浴びせるような重い一撃を容赦なくお見舞いする。
　ぴゅ。前衛の五千円札が二枚三枚重なって地面にダイブした。
　ぴゅ。その後ろに隠れていた千円札も夜空を透かして体勢を崩した。
　ぴゅ。一万円札は濡れてもなお飛び立たんと抗う。
　ぴゅぴゅ。そんな抵抗を許さないと、真央は引き金を何度も引いた。
　真央は悠々と墜落した奴らに手を伸ばし、一枚ずつスケッチブックに挟んでいく。
『やめろ、やめろ、そんな酷いことをするでない』
　真央にはそんなお札たちの悲鳴が聞こえる。
「デジカメ資金にしたいのだ……」
　いや、やっぱりそんなもの聞こえない。
　聞こえているのはお金を努力してためてきた人たちの悲鳴と、それでもそれを懐に仕舞いこんでしまいたいという欲望の声だった。
「でも貯める大変さ分かるのだ……！」
　その欲望になんとか打ち勝って、再び真央は銃を構えた。
　ぴゅ。
　水は勢い良く出る。
　お札を間違いなく捕らえた。

　自身の失態で、失った一万円札を追う御剣刀。
　彼の目の前には大事な一万円と、彼を邪魔するためだけに現れた千円札たちの姿が。
　刀が他人のお金に手を伸ばすのを躊躇っているのをいいことに、腕をペチペチ、足をペチペチ、尻をペチペチしてきやがるのだ。
　地味で、けれど確実に刀の精神を削る嫌がらせである。
　刀はすっと目を閉じた。
（フツウを守る為、それから俺の懐を守るためにお札を回収する！）
　覚悟を決めたときでもあった。
　目を閉じたまま、周囲を飛ぶ千円札たちを手刀で叩き落とした。
　加速をせずとも、刀をなめきっている相手の動きを止めることなど容易いことだった。
「……さすがに一万円札はこうはいかないだろうがな」
　刀は叩き落としたアホども拾い上げ、すっと一万円札を仰ぎ見た。
　すると、突然頬に水がかかる。
　原因を突き止めるのに時間はかからなかった。
　持ち主以外（つまり自分以外）の人がお札を持っていったらトラブルの元。そして懐の危機。
　刀は迷わず撃鉄が落ちるイメージを頭に描いた。

　捕らえたと確信したのに、お札は落ちなかった。
「刀ちゃん……もしかしてお札飛んだのだ？」
　落ちなかった理由は、刀だった、
　ろっこんの力で加速し、お札を横取り――ではなくて、見事捕まえたのだ。
「って、なんだ後木だったのか。……ああ、あと一枚だけだがな」
「おお、もうひと息なのだ！」
　お札が乾いたら、刀に渡してあげよう。
　そう思っているとスマートフォンが鳴る。
　八神修からの連絡だった。
「どうかしたのだ？」
『実は――』
　修の要件は喜好のことだった。
「了解なのだ」
　捕獲しつつ喜好との合流を図ろう。
　真央がその旨を刀に伝えていると、見知った背中が遠くに見えた。