Riches have wings｜リアクション

Riches have wings

　長い長い下り坂を若い男女が自転車ふたり乗りでゆっくり上っていく。
　といえば青春だなぁという人も居るだろう。どちらかといえば多数派だろう。
　けれど青春の甘さも酸っぱさも八神修は感じなかった。
「はぁ……は……っぁ……」
「お、修君大丈夫……？」
「だ、大丈……ぶ、ぁはぁ……だ」
　というよりもそんなこと考えている余裕なんてないのだ。
　ももが不安に思っているのが嫌なほど伝わってくる。
　済まない。情けないな。
　すこしでも体力を温存するために、言葉ではなく態度で、示そうと思った。
「は、な‥‥ぜは、か、をみて……はぁ、れ」
　花風は金の行方を見ていてくれ。
　どうにか伝えられたらしい、ももは頷いて、前を見据えたようだ。
「ぜ……ぁはぁ」
　背後でももが身動ぎしたとき、見覚えのある猫が自転車の前を横切った。
「テオ君？」
　ももはこのタイミングで自転車を降りる。
　修も息をきちんと吸ってから「テオ、だって？」と前方を確認した。
　月光に照らされ、銀に輝く毛並み。
　生意気な目。
　気の強そうな口元。
　確かに見まごうことなくテオドロス・バルツァ様だ。
　普段は事件があろうがもれいび任せでご本人様はどこかに雲隠れするくせに、なぜか姿を表したテオ。
　ももが小首を傾げた。
　なにか情報が得られるかもしれない。
　下心を隠し隠し、修はテオに声をかけた。
「テオも買物とかするのか？」
　軽い冗談を投げかけると、
『するわけないだろ』
　相変わらず口は悪いが、なんと返事をしてくれた。
「テオ君は猫だものね」
　ももが微笑みかける。
　テオはふんと鼻を鳴らした。
　そっけない態度でも、それはそれで可愛らしいような気がする。
「ん……そういえば食べものや住まいはどうしてるんだ？」
　けれど修はその姿態度よりも解答が引っかかる。
『さかなをたまに持ってくる奴がいるな』
　持ってくる奴がいる。なんとも曖昧な答だったが、それ以上を答える気はないようだ。
「なるほどな。じゃあ家はどこなんだ？」
『どこに住んでるかなんて、別にいいだろ……そもそも決めてない』
　素っ気もなければ取り付く島もない。
　ももは苦笑して、ねこったーを確認した。
　修も勧められて、確認する。
『旧市街でお金乱舞事件！？海開き用秘密兵器のお披露目なのだ！』
　添付されたのはぼやけた写真。
『旧市街の○○。金飛事件被害者何人かと合流』
　それぞれの被害額と本人の特徴などが書かれていた。
　そしてその中にあれ？　と引っかかる情報があった。
　被害者の中に、薬局「アネモネ」と洋菓子店『Raton』でお手伝い中の少年と書かれていたのだ。
　洋菓子店『Raton』はもものバイト先。当然、お手伝いの少年ともよく顔を合わせる。
　彼を思い浮かべたのか、ももがさっと青ざめた。
　修も、彼を知っている。
　その彼が失ったのは二万五千円、とあった。
「修君……喜好君が」
　ももは、慌ててそのことを修に告げた。
　修は目を見開いてから「そうか、急がないとな」と頷く。
　そのやりとりを見ていたテオはもういいかと言わんばかりに踵を返し去ろうとする。
「ねぇテオ君」
　ももがその背にすがるような声をかけた。
「喜好君、不思議な力で悩んでしまっているみたいなの。
　僕たちは普通の『ひと』に戻る方法はないの？」
　こんなこと聞いてもいいのだろうか。
　迷いながらの質問に聞こえた。
「わからない」
　けれどテオは他の質問と大して変わらない様子で言い捨てた。
『……たぶん』
　その付け足された言葉だけが唯一の違い。
　もしかするとなにかあるのかもしれない。けれどその些細な変化から、読み取るだけの材料を修は持っていなかった。
「……そうなの」
　小さな肩を落とすもも。
　テオは今度こそどこかに行ってしまった。
「修君」
「……どうした？」
「喜好君が、心配なの」
「そうだな」
　ふたりはお金を探しながら喜好がいまいるらしいあたりに向かうことにした。