●Strange Strings

　続いて、吹奏楽部がステージに上がりました。
　一年生のみではありません、二年生、三年生をまじえた集団です。クラリネット、フルートにサキソフォン、トロンボーン、トランペット、パーカッション……等々、充実の演奏陣となります。
　その中には、森 蓮の姿もありました。
　また、三年生のゼナイド・オルメスも吹奏楽団の一員に加わっていました。。
　蓮の担当楽器はヴィオラで、ゼナイドはチェロと共にステージ中央に立っています。
　……この二人がいくらか、違和感のある姿であることは否めません。
　なぜならヴィオラもチェロも弦楽器だからです。
　日本の『吹奏楽』で弦楽器は、滅多に用いられません。本来吹奏楽は軍隊が行進しながら演奏することを想定しているものなので、弦楽器、とりわけ運搬が困難なチェロを使うことは定義の外になってしまうのです。口うるさい人であれば、「弦楽器が入っているのであれば管弦楽だ」と非難することでしょう。
　といってもヨーロピアンスタイルの吹奏楽では、弦楽器が参加することがあります。大型のチェロは見た目のインパクトもありますし、低音のアクセント的に導入するのは面白い。ヴィオラの参加はそれでもかなり異色といえますが、蓮にも意図があってのことです。確かに地味な楽器ではあるものの、弦楽器と管楽器の仲介役としても、内声部（※）を支える縁の下の力持ちとしても、ヴィオラは重要な役割を果たすことになるはずです。
「大学ではないですが、入学の祝典ということで……」
　チェロの弦を手にゼナイドが口上を述べました。
「演目はこの曲を選びました。ブラームスの『大学祝典序曲』です＿＿かしこ」
　響き渡る低音はチェロ、そして、のびやかなヴィオラの音がここにアクセントを加えます。
　ゼナイドの視線が蓮の視線と交わりました。
　演奏の相性はぴったりのようです。
　ゼナイドのチェロは自身の所有物、手慣れた楽器だけに、よく磨かれた宝石のように滑らかな音色を出すのです。
　実は蓮が弾くヴィオラも、ゼナイドから借りたものなのでした。
　彼は彼女から楽器だけではなく、手入れの仕方や演奏方法の指導など、たくさんの恩を受けました。それに報いることができるよう、蓮は一生懸命に演奏しているのです。
　ゼナイドは名手。演奏を下支えするだけではなく全体を導きます。そればかりか彼女は、無意識に『ろこん』を発動し、その能力（ちから）で周囲の楽器を操作して、メンバーに演奏ミスがあっても自動的に修正してしまうのでした。
　蓮は初心者ですがその立場に甘えるつもりはありません。自分の役目をまっとうしたい――その一心で頑張ります。
　優雅にして雄壮なその演奏は、どこか壮麗に締めくくられたのでした。

※内声について：『声部』とは、複数の演奏者が同時に演奏するとき、同じ音の動きをする演奏者の集団(または一人の演奏者)のこと。最も高い音を担当する声部と、最も低い音を担当する声部とを合わせて『外声』といい、外声以外の声部を『内声』という

　生徒会長こと海原茂の様子を、じっと窺う姿がありました。
　動きやすいように道着姿、けれど奈良橋 博美は舞台に上がるつもりはありません。この扮装は純粋に、闘うためのものです。
　博美が狙う相手は、もちろん海原茂。
　彼は現在、吹奏楽部の演奏を真剣な面持ちで見ています。
　ずっと真剣、それが彼。
　その鉄面皮のような表情を変えて見せたい――それが博美の目的でした。
　演奏が終わり拍手が鳴り響く中、ついに博美は行動に出たのです。
　ありえない距離を一気に跳躍する、それが彼女の『ろっこん』、その名も『トンビの飛翔』。
　博美はまさしく鳶さながらに、滑空して茂の背後を取りました。
「会長、もらったぁああああ！」
　博美の動きを止められる者は誰もいません。彼女は茂の椅子を蹴り、空中に浮いた彼の腕を取って床に組み伏せます。さらにはその腕をねじ上げる……！　警察官が凶悪犯を『確保』する姿勢と言えばわかりやすいでしょうか。
　――弱い。
　博美は瞬間的に悟りました。
　海原茂に武道の心得はゼロのようです。正直、一般的な男子よりずっとひ弱でしょう。あっという間に動けない姿勢になりました。床に押さえ込まれたまま、顔を横に向けています。
　――しかし！
　しかし、です。普通の人であればうろたえたり、顔を真っ赤にし抵抗したりするものでしょう。驚いて声を上げたり、泣き言を言ったりしてもおかしくない。
　それなのに茂は、平然としているのです。
「何のつもりかな？」
　特に声を荒げることもなく彼は言ったのでした。
　弱いのに……いや、弱いからこそ異様さが際だちます。
　ようやく事態に気づいたか、周囲が騒然となりますが博美は技を解きません。組み伏せているのは自分、圧倒的に優位なはずなのに……なぜか気圧されたような気持ちで言いました。
「こ……これは俺一人の考えでやったことなので、他の一年生は何も知らない！　会長を怒らせるべく、挑んだ！」
「そうか。これもパフォーマンスということだな」
　頬を床にすりつけられているというのに、茂は納得したように言いました。
「失望したなどと言うつもりはない。……狙いが成功したかどうかと言うのなら、成功だと思う」
　眼鏡の奥から怜悧な眼で、彼は告げました。
「少し、怒った」
　そして小声で、
「ロックオン」
　と言ったのです。
　立ち上がり服をはたいて、やはり冷静に、とことんクールに茂は言いました。
「諸君、驚かせて済まなかった。今回の件は咎めなしとしよう。ところで保健委員の一年生がいたはずだ……ああ、君だったな、風宮」
　風宮悠の姿を認めて、茂はうなずきました。
「彼女を医務室に運んであげてくれ」
「……あ、はい」
　悠はこめかみから手をどけ、倒れている博美に駆け寄りました。
　何が起こったのか、悠は正確に説明できません。いえ、この場にいる誰も説明できないでしょう。
　道着姿の女子が茂を組み伏せていました。
　周囲は騒然としていたので、二人の間にどんな会話があったのかはわかりません。
　ですが急に、道着の女子が小さく声を上げて倒れたのです。彼女は気絶していました。まるで電気でも流されたかのように、びくびくと小さく痙攣しています。会長がスタンガンでも使ったのでしょうか……そんなものは見えないのですが……。
　ただ、この瞬間、突き刺すような強い偏頭痛が悠を襲ったことだけは事実です。無論これは悠だけの話で、周囲はただ驚いているだけでしたが。　
「大丈夫ですか、立てます……？」
「う……ああ……なんとか」
　意識を取り戻した博美に肩を貸して、悠は歩き始めます。
　どうして偏頭痛が急に起きたのか、その意味を考えながら。

　アクシデントはありましたが、茂は続行を宣言し事態を収束させました。
　つづいて『寝子高クイズ』四問目となります。
　プレシナリオ『ドラ猫とっつかまえ大作戦！』からの出題となります。
「問題：教頭の荷物が猫にとられた事件。ボス猫を捕まえたのは何部？」
　ヒントは浅井先生に割り振られました。
「ヒントかあ。これはもうシンプルにいくしかないなっ！　『自分！』でどうだ。あれはフットワークとジャンプ力が決め手だったな……」