あなたを待っている｜リアクション

あなたを待っている

　澄んだ青い空に薄いオレンジ色が滲む頃、参道商店街は主婦層で賑わいを見せていた。店頭で書き換えられる値札に居合わせた全員が色めき立つ。各店舗で熾烈な争奪戦が繰り広げられた。
「ふあぁ、もう眠くて歩くのも億劫だ。家が迎えにきてくれないかなぁ、ふぁ」
　酷い寝癖は十分に睡眠を取れているようにも見える。日暮ねむるは、それでも眠いと公言して憚らない。
「本当に眠いや。近道でもしようかな」
　虚ろな目をして店舗の隙間に横向きで入った。その姿勢でカニに倣って奥に進む。
　出っ張った配管に挟まることなく、無事に通り抜けることができた。
「あれはちょっとまずいかもね」
　ねむるは前方に強い視線を向けた。少し離れたところで小学生くらいの男の子が柄の悪そうな連中に囲まれていた。
　物陰に隠れながらねむるは着実に近づいていく。
　男の子は囲まれた状態で路地裏に連れ込まれた。
　ねむるは隠れるのをやめた。直線上を走りながらズボンの横に手をやる。Ｔシャツが捲れて茶色いフォルダーが現れた。収まっていた銀色の銃を抜き取り、問題の路地裏に駆け込んだ。
「ねえねえ、そこのお兄さんがた。そんな小さな子供のお小遣いを狙うなんて、ちょっとないんじゃないかなぁ」
「なんだ、てめえは」
　狂暴な眼が一斉にねむるに向けられた。
「おい、ちょっと待て。こいつ、手に銃を持ってるぞ」
　一人の声で全員がねむるの下ろした手を食い入るように見つめた。あ、これかな、と本人は呑気な声で銃を胸の前で構えた。
「心配しなくてもいいですよ。これ、ペイント弾専用の銃なので」
「ほう、そうかい。貴重な情報をありがとよ。おまけに金もくれるらしいな」
「弾をくれてやりますよ」
　ねむるは軽い音を連続させた。撃ち込んだ弾の数発が連中の額に命中した。
「な、なんだ、これは」
　一人は口を押えた。急激な吐き気を催して激しく咳き込んだ。目からは涙を零し、まともに立っていられない状態になった。
「そこの子、今のうちに逃げて！」
　背の低い男の子は影響が出る前に、その場から逃げ出した。ありがとう、と感謝の言葉でねむるの横を走り抜けた。
「どうだい、強烈な刺激臭だろ。これがねむるさん特製『こやし弾』の威力だよ」
　連中は答えることもできず、もがき苦しんでいる。
　ねむるは背後に目を向けた。何故か、逃げたはずの男の子が立っていた。驚いた顔で人差し指を向けてきた。
「ん、どういうことかな？」
　砂利を踏み締めるような音が間近で聞こえた。目を戻した瞬間、ねむるの頭部を回し蹴りが襲う。辛うじて両腕で受けて押し返した。思わぬ反撃に相手の身体がふらついた。
「面倒臭いなあ。弾の方が痛くないのに」
　その隙を見逃さず、ねむるは鋭く身体を捻った。撓るような右脚が相手の首筋を捉えて薙ぎ倒す。苦痛の声を漏らす暇もない。一撃で意識を刈り取られた。
　男の子が、すごいすごい、と大きな声で喜んだ。ねむるは居心地の悪い顔で言った。
「えっと、今日のことだけど。誰にも言わないでくれる？　そこの自販機でジュースを奢るから、ね」
「私はリンゴジュースでいいわよ」
　突然、横から水樹が顔を出した。ねむるは困ったように笑う。
「あのぉ、見てました？」
「最後のアレって回し蹴りよね。寝具屋の息子にしてはやるじゃない」
「……リンゴジュースですね」
「ありがとう」
　笑顔の二人に挟まれて、ねむるは連行された。

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