あなたを待っている｜リアクション

あなたを待っている

　横目に海を眺められる星ヶ丘の道を修は子犬と共に走っていた。
「カーキー、まだ走れるか？」
　わん、と子犬は元気に返す。言葉を理解しているのか。決して無駄吠えをせず、尻尾を振りながら修と並走した。
　修の動きは軽かった。最初のペースを未だに維持している。
「道なりに行けば星ヶ丘寮に戻るが」
　修は右手に曲がった。途切れそうな細い道は日中でありながら仄暗い。周囲は木々に覆われ、山の中に迷い込んだ様相を帯びた。
　その中、前方に光が溢れた。導かれるように修は子犬を連れて光へと突っ込んだ。
　修は足を止めた。木々に囲まれた小さな草原が広がる。密集した下草は様々な緑で形成されていて、無風の状態でも風を感じることができた。
「秘密の草原か」
　目の前の下草を踏むと踝まで埋まった。同じところを何度も踏み締めた。
　修は草原の中央まで歩いて、そこで真後ろに倒れ込んだ。
「天然のベッドのようだ」
　静かに瞼を閉じる。耳元で子犬が心配そうな声で鳴いた。修は手で頭を撫でる。
「具合が悪くなって倒れた訳ではない。心配するな」
　子犬は鳴き止まなかった。今度は甘えた調子で修の頬に鼻を擦り寄せた。
「わかったよ、カーキー」
　修は上半身を起こした。先程までは気にならなかった白い花に目がいった。周囲に結構な数で咲いていた。
「カーキーは遊んでいてくれ。俺はシロツメクサで花冠を作るとしよう」
　言われる前に子犬は遊んでいた。いや、戦いの渦中に身を置いていた。葉の上のカマキリを威嚇するように唸り、前脚でちょこちょこと攻撃を加える。
　愛犬の姿を目にしながら修は花冠の作業に入った。器用に指を動かし、摘み取った花の茎を編み込んでいく。
　修は僅かな時間で大小の白い輪を作り上げた。大きい冠を自分の頭に乗せた。小さい方を子犬の頭に乗せたが振り落された。
「さすがに無理があるか。十分に休めたからフリスビーでもやるか」
　修が立ち上がると、子犬は尻尾を激しく振って走り回る。
「上手くキャッチできるかな」
　ジャージのポケットのファスナーを下ろし、丸めた物体を掴み出す。手を開くと瞬く間にフリスビーの形に広がった。
「そら、取って来い」
　緩やかに飛ぶフリスビーは空中で軌道を変えた。風の影響を受けているのか。左に曲がり始める。子犬は方向を修正しながら追い掛けた。
　見事にフリスビーをキャッチした。ただし子犬ではなく、横から跳び出してきた真理が空中で掴み取ったのだ。
　予期しない出来事は少なからず、修に影響を及ぼした。
「あ、よくやったな。偉いぞ」
「私は犬ではない」
「ああ、もちろんだ」
　修は努めて冷静に返した。真理は視線をやや上に向けた状態で聞いた。
「落神神社の場所を知らないか」
　それなら、と修は一方向を手で示した。
「助かった」
　真理は修のところまで歩いて行き、フリスビーを手渡した。
「その花冠、まあ、似合っているぞ」
　視線を逸らした真理は疾風の速さを見せた。
　修は慌てて頭から花冠を外した。すでに真理の姿は木々の彼方に消えていた。
「……神は俺をどうしたいのか」
　青い空を見上げて修は口にした。

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