Geheime Maske｜リアクション

Geheime Maske

　上手く言えない気持ちを、紙に書いて燃やせば、少しは楽になれる？
　カラフルな絵を見上げ、花風冴来は長い睫毛を伏せると鞄からメモ帳を取り出した。青い薔薇のついたシャーペンを手に、心に浮かんだ言葉をそのまま綴って行く。
『寂しい。寂しい。独りは嫌い。弱い自分が誰より大嫌い』
　寂しさが、罰だと分かっている。甘んじて受けるべきだと、頭では分かってる。それでも、独りは嫌。そう思う心すらも許せない。
『私はずるい。我儘で卑怯で、薄汚い。だけど、それでも、愛されたい』
　こんな私でも愛して？　なんて、言える立場じゃない事は知っている。もし私なら、こんな私を愛せる？　自問自答すればするほど、自分が嫌いになって行く。
『誰も彼もにじゃなくていい。一番大切に想う、他の誰でもない、世界でたった一人のあの人に愛されたい。あの人にとっての、特別になりたい』
　私にとってあの人は特別。同じに思って欲しい、私も特別な存在になりたい。それがどれだけ我儘な願いなのかは分かっているけれども、理性で抑制できるような弱いものじゃない。
『ずっと一緒にいて欲しい。ずっとずっと、一緒にいたい。他の誰より、あの人が好き。あの人といられない世界は要らない』
　要らない。あの人と一緒にいられないなら、こんな世界は要らない。全部なくなっちゃえば良い。火に入れて、燃やして、全てを灰にしてしまって。意味のない世界で生き続けなくてはいけないなんて、耐えられない。
　この現実を燃やしてしまったら、私は楽になれる？
　自分の思い通りにならない世界なら、壊してしまえば良い。そんな幼い傲慢さが狂気のように冴来の心に広がり、小さく息を吐き出す。闇ばかり見続けているといずれ飲み込まれてしまうから、顔を上げる。臆病で弱い自分の心をさらけ出した紙を廊下に貼ろうとして、冴来は躊躇するとポケットの中に仕舞いこんだ。

　極彩色の張り紙を前に、日暮ねむるは眠そうな黒い瞳を擦ると、真っ直ぐに見つめた。角張った文字を指先でなぞり、自嘲気味に微笑む。
「吐き出した方がラク、かあ。はは……参ったなあ。まるで見計らったような絶妙なタイミングだよね」
　ガランとした廊下に響いた声は、ねむるの心にポッカリと出来た空洞で反響し、虚しさが広がって行く。いつか、こういう日が来るとは思っていた。ねむるの心の中に広がる、モヤモヤとした雲のような気持ち。決して叶う事のない細やかな願いは、いつまでも胸に沈殿して寂しさを纏っていた。
　これで、踏ん切りがつくかもしれない。いつまでも、立ち止まっているわけにはいかない。いずれは、諦めなくてはならない願いなのだから。
　ねむるは重たい足取りで美術室に向かうと、開いた扉からそっと中の様子を伺った。窓際に立っていた小柄な少年が振り向き、アンバーの瞳がねむるを捉える。
「外で、張り紙を見たんだ……。書くものって、あるかな」
　鞄から画用紙と色鉛筆を取り出した王輝が、机の上に置く。ねむるは小さくお礼を言ってから椅子に座ると、羊の絵を描き出した。
「羊だけは上手なんだ……描き慣れてるからね」
　ふわふわとした羊の顔を、仮面で隠す。目にはキラリと蒼いものが光って映っており、周囲にはモヤモヤとした雲を描く。ねむるが描いている間、王輝は一言も発しなかった。近くの椅子に座り、何かを深く考え込むように目を伏せていた。ねむるは絵を描き終えると、色鉛筆をきちんと仕舞い、絵を小さく折りたたんだ。誰にも気づかれる事なく胸に閉まっておきたい思いを、鞄に入れる。いくらねむるが描いたとは分からなくても、廊下に貼って誰かに見られたくなかった。
　静かに美術室を後にし、近くの教室に入るとお面と黒のパーカーフードを被る。これでもう、いつもの日暮ねむるはどこにもいないから……。