Geheime Maske｜リアクション

Geheime Maske

　赤い炎が、ゆらゆらと揺れる。想いを飲み込む炎は熱く、向こう側の景色を歪ませている。
　岬は火が苦手だった。火葬所のように、全てを消してしまうから。あの人も、岬の脚も、全て飲み込んで連れ去ってしまうから。黒く焦げていく絵の、漆黒に塗りつぶされた瞳を見つめる。記憶の彼方で、赤い炎が立ち上る。全てを飲み込んでしまう、力強い炎。何かが岬の記憶の中で強く輝き、思わず目を見開く。
　思い出した。……そう、思い出せないんじゃない、知らないんだ。思い出せる訳あれへん。やって、俺が初めてアイツの目ぇ見たんは……。
　仮面を外し、杖を置いて火に近づいて行く。
　大嫌い。会いたくなかった。大好き。もっと知りたかった。全部私の、本当の気持ち。貴方の事を、ちょっとでも『思い出せて』嬉しい。これからも私、貴方の為に……。
　小さく呟いた言葉が、炎の熱で蕩ける。誰にも聞こえない声は爆ぜる音に飲み込まれ、グイと力強く腕を引っ張られて岬は振り返った。
「自分を燃やすんは、まだ早いと思うんよ」
　満月の仮面をつけた朧の言葉に、岬はにっこりと笑うと腕を絡めた。
「そうね、ちょっと近づきすぎちゃったかしら。ありがとう、ウィムちゃん、大好きよ」
　燃えたら、形はなくなってしまう。けれど、想いは消えたりしない。良い事も悪い事も、全部含めて『美崎岬』なのだから。
　例え形が消えても、愛は残る。だから皆大好き。……骨の髄まで、愛してる……。

　どうして僕を捨てたの？　ねぇ、どうして？　僕が何か、気に入らない事をしたの？　僕のせいなの？　良い子になるから……ねぇ、帰って来て。一人は、悲しい。一人は、嫌。置いていかないで……！
　去って行く親の背中に何度そう声をかけても、決して振り返ってくれないのを知っていながら、声が枯れるまで叫び続ける。足は鉛のように重く、走って追いかけようにも直ぐに転んでしまう。
　何度も見た悪夢。朝起きて、頬を伝う涙に驚いた事もあった。やりきれない想いをメモに書いて、読み返しては胸が締め付けられた。何で彼らが朧を捨てたのかなんて、今更どうでも良い事。聞いたって、答えは返ってこない。きっと、こんなものがあるから吹っ切れないんだ。中学の時までの、弱い朧はもうどこにもいない。だからこそ、こんな気持ちはなくしてしまわなくては。メモをくしゃくしゃに丸め、火に投げ入れる。忘れてしまおう、全て。先に進めない思いなんて、イラナイ。
　さぁ、蓋を閉めて。記憶から、感情から、目を逸らして。背を向けたところで、消えてしまわない過去は何時までも朧の後ろをついてくる。それを知っていながら、朧はあえて考えないようにした。
「さぁて、俺もちょいと誰かをからかいに行きますか」
　明るく呟く。黒く焦げた紙から『もういいよ』と言う朧の声が聞こえて気がしたが、聞こえないフリをする。おしまいと言わない限りは、透明であり続けるはずだから……。

　火の近くにしゃがみ、刀は自分に見立てた棒人間を紙に描くと袈裟懸けに一本の線を引いた。ほんの数秒で描いた絵を暫し見つめ、炎の中に投げ捨てる。
　剣術を極める事が一番大事で、それ以外は余分だと、剣に生きる自分を肯定する事で、寝子島で生きる自分を否定する。それは日常、非日常を共に過ごす友人達への否定にもなっていて、それに後ろめたさを感じる。唐突に襲い来る非日常に、今までの稽古の成果を発揮する時だと、嬉々として剣を振るう自分と、友人と過ごす掛け替えのない日常を守るために剣を振るう自分。どちらも同じようでいて、全く違う。火にくべた棒人間は、果たしてどちらの自分なのか。意識して描いたわけではなかったが、こんな時に刀は自分を斬り殺すのだろうか。そんな事を考えて、思わず自嘲気味に笑う。
「綺麗な演奏ね」
　ベンチに座っていた寿美礼が、長い髪を風に梳かしながらポツリと呟く。普段の寿美礼なら、すぐに音に釣られて家の中を散策しそうだが、リールである今の寿美礼はそんな気になれない。
「弾いているのは、王輝君の妹さん？」
「そうです」
　相変わらず心に訴えかけるような演奏だと思いながら、刀は耳を澄ました。寿美礼も目を閉じて、曲に聞き入る。
　抱えている物を捨てて、気持ちに区切りをつければ、また歩き出せる。先の見えない未来を歩き続けるためには、時には荷物を捨てる事も大事だ。でも、笑顔を手に入れるって、どうすれば良いのだろう。心の奥に湧き上がった、ボンヤリとした疑問。……考えていても、答えが出ないと知って、寿美礼は小さく溜息をつくと炎の中で灰になって行く気持ちを見つめた。

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Geheime Maske

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