[TOS] 狂気日食｜リアクション

[TOS] 狂気日食

　皆既日食のもとで、エリオンは中段に構え直した。
「自分の意思で……こんな虐殺を選んだというのか！」
「そうだ」
　短く返すディガンマの声には迷いがない。
「地球を救うために人を間引く。それを必要と判断する俺自身が、ここに立っている」
　言葉とともに右腕が変形する。
　槍が刃となり、刃が鎖となり、鎖が鞭へと変じる。
　渦を巻く金属の奔流が大地をえぐり、石畳を削り飛ばす。
　エリオンは吠えて踏み込む。
　刃を横薙ぎに振るい、奔流を断ち割った。
　火花が閃光のように四散する。
　血の滲む手の平に力を込め、なおも斬り結ぶ。
「地球を救う？　笑わせるな！　お前らのしているのは救済じゃない、抑圧だ！　生きる権利を踏みにじるただの暴力だ！」
「抑圧だと？」
　ディガンマの眼光が暗く光った。
「ならば問おう。人類は自らを律したか？　森林を守ったか？　海を浄化したか？　否！　愚かさに任せて消費し、奪い、破壊した！」
　鎖鞭がしなる。谷を横切る黒い稲妻。
　岩壁を薙ぎ払い、粉塵を巻き上げる。
　しかし、エリオンの刃がそれを叩き斬った。
　衝撃で全身に鈍痛が走る。だが構わず前へ。
「人は愚かだ！　だが愚かだからこそ、間違いから学ぶ！　命を削りながら、何度でも立ち上がる！　それが人間だ！」
「愚者の希望は未来を救わない」
　ディガンマは冷酷に断ずる。
「だから俺が……我らが刈り取る」
　再び刃が閃き、剣と金属が撃ち合った。
　乾いた爆音。稲妻のような火花。
　互いの影が砂塵の中で交錯する。
　やがて──。
　エリオンの剣が深く食い込んだ。
　肩口。
　斜めに走った刃が、ディガンマの装甲を割った。
　火花とともに血が噴き、谷底に朱を散らす。
「ぐッ──」
　ディガンマの膝が落ちる。
　勝機。
　エリオンは咆哮とともに踏み込んだ。
　剣先が稲妻のように走り、首を狙う。
　──だがその瞬間。
　轟音。
　峡谷の向こうから、重機械の足音が地を震わせた。
　量産型ガーナックの増援が列をなし、砂塵を巻き上げて押し寄せてきたのだ。
「エリオン！」
　仲間の叫びが谷を震わせる。
　視線を戻したとき、ディガンマの姿はすでに後方へ飛び退いていた。
　傷を押さえ、なおも冷たい眼でエリオンを射抜く。
「今日はここまでだ……エリオン」
　その声に苦悶はなく、ただ静かな決意があった。
「俺は滅びを望まない。だが、犠牲を恐れることもない」
「……逃げるのか、ディガンマ！」
「撤退ではない。選択だ」
　その言葉を残し、ディガンマの姿は粉塵に紛れて消えた。ディガンマは一瞬、地に倒れたままのあおいに目をやったがすぐに視線を戻す。
　炎と煙の谷に、剣を握るエリオンの荒い呼吸だけが残る。
　勝利は得られたのか。
　否。討ち果たすことはできなかった。
　胸に燃え残るのは勝利の熱ではなく、倒しきれなかったという悔恨。
　そして──これからの戦いが、さらに苛烈になるという予感だった。

　巨躯のガーナック〈タイタンⅡ型〉の肩の上に、小柄な人影があった。
　少女は黒曜石のような瞳で、スコープを覗き込んでいる。
　イオタ。新世界機構随一の狙撃手。
　スコープ越しの世界は狭い。狭いゆえめまぐるしいほどに変化する。
　映るのはディガンマ、エリオン、エリオンとディガンマ。ときおり、倒れているあおいにも移転した。
　ディガンマが敗走した。エリオンの姿が十字線の中央に捕捉されている
　相当な疲労があるのだろう、エリオンは荒く肩をはずませているだけで動くことがない。
　イオタは目を細めた。
　距離、約二千メートル。風速、南東八メートル。照準補正完了。
　撃てば終わる。引き金を引くだけで、あの人間は死ぬだろう。
　しかしイオタは音もなく銃を下ろした。
「レジスタンスの指導者を撃て」
　──それが、ドクターから受けた唯一の指令だった。
「……」
　言葉にならない吐息が唇をかすめた。
　片手を挙げてイオタは合図した。タイタンⅡ型が低くうなり、脚を前へ踏み出す。