Mon seul Tresor｜リアクション

Mon seul Tresor

　ずっと、何にも執着しないで生きてきた。人にも物にも深入りせず、惰性で生き続けて、最後に流れ着いたのがココだった。別に、この島である必要はなかった。ただ、何となく流れ着いてしまっただけ。たまたま、母の出身地の島だっただけ……。

　鹿嶋洋美は、お節介でうざったい女だった。人の心配ばかりして、底抜けのお人好しで、毎日のように弁当を差し入れてくれて、よく迷子になるから放っておけなくて……。ジニーがへこんでる間中黙って傍に居てくれた、優しい女。
　だから洋美が危ない人間を連れてきたとしても、不思議はなかった。洋美の目には、たまたま迷子になってしまったジニーの知り合いだと映ったのだろう。そう説明されて、きっと疑いもせずに素直に信じたんだ。だから丁寧にジニーのところにまで連れてきて、そいつが急に懐から拳銃を出して……。
　いつも鈍くて、ふわふわしてて、考え事をすると最低二度は呼びかけないと振り向かないような鈍臭い奴。それなのに、その時の洋美の動きは素早かった。
　乾いた銃声が響く。一発、二発。真っ直ぐに飛んでくるはずだった銃弾は、ジニーの前に立ち塞がった洋美によって防がれた。舌打ちを一つして逃げていく男を目で追う。横浜の組織の刺客だろうか？　いや、今はどうでもいい。
　洋美が後ろに倒れこみそうになるのを支え、抱きとめる。鮮血がジワリと服を濡らし、床に横たわらせれば、どんどん血が流れ出てくる。このまま血が流れ続ければ死んでしまう。戻さなければ、流れ出た血を、洋美に戻さなければ。
　そんな事をしても何にもならないと理解していながら、ジニーは流れ出る血を両手で掬い戻そうとする。何度やっても、洋美の血は流れ続ける。顔色が蒼白になっていき、呼吸が浅くなっていく。
　胸が痛い。
　悲哀と喪失感に、締め付けられる。
　洋美の姿が、母親の姿と重なる。精神病院のベッドで、一日一日と衰弱して行った母。
　母は結局、助からなかった。そして洋美も、もう……。

　俺は、死んだ姉の身代わりに娘として育てられた。
　静麗の名に長い髪、赤いチャイナドレスによく広がるスカート。
　母は、姉が必要だった。俺ではなく。
　一番欲しい物は、どうしたって手に入らない。
　ねだるのは馬鹿らしい。願っても裏切られるだけ。
　ずっとそう諦めてきた。
　黒い薔薇が、俺に語り掛ける。
　恨み、憎しみ。
　貴方はあくまで私のモノ。
　だから貴『女』は、女の子。
　可愛い可愛い、私の娘……。
　―― 男の僕はいらないモノなの？
　それなら何で、僕は生まれてきたの……？

　洋美の呼吸が止まり、全身から力が抜ける。閉じられた目が開かれる事は、もうない。永久の別れ……。ジニーは亡骸を力一杯抱き締めると、洋美の耳元で「ごめん」と謝った。
　もっと優しくすれば良かった。ちゃんと好意を返してやれば良かった。だって本当は……。その先に続く言葉は、心の中でも言う事ができない。そもそも、洋美は一般人のフリーターの女で、ジニーと関わらなければこんなところで命を落とす事もなかったはずだ。
　……出会わなければ良かったのに。そうすれば、洋美は今もまだ、生きていたのに……。