Mon seul Tresor｜リアクション

Mon seul Tresor

　寝子島の郷土史を勉強する大学生、刻人・F・ミセリア。既婚者で、本国には愛する妻が居る。いつも妻の写真を肌身離さず持ち歩き、乞われればいつでも写真を見せて、長い長い妻の話を始める。その九割はノロケ話で、聞いた人は皆苦笑いを浮かべながらも、刻人を超がつくほどの愛妻家だと評する。１８歳ながらも妻がいるという以外は、特に目立つ事のない大学生 ―― という、設定だ。

　刻人はいつも持ち歩いている茶色のショルダーバッグを開けると、中に入っている物を確認した。財布に携帯、授業用のノートと筆箱。そして何よりも大切な、写真のファイル。このファイルの中には、寝子島に来る前に『妻』と撮った写真が沢山入っている。
　一緒にライブに行った時のもの、ホームパーティーで料理を作る妻をこっそり撮った時のもの、妻の友人と一緒に鹿狩りに行った時のもの……そして、これが……。
　刻人の顔から笑顔が消え失せ、目を大きく見開くとその場に写真のファイルをぶちまけた。バラバラと零れ落ちた写真を、一枚一枚見ていく。
　ない、ない、ないないないない！！
　妻との……彼女との一番の思い出の写真が、ない！
「なんで！？　なんでなんで！？　なんでないのっ！？」
　頭を抱え、乱暴に写真をかき分ける。バッグをひっくり返し、中身を全部その場に広げ、財布の隙間に挟まっていないか、ノートの間に紛れ込んでいないかを確認する。
「なんでないの！？　僕、ちゃんといれたのに！　ここに、入れたのにっ！」
　普段の刻人を知っている人が見たら驚くような、幼稚な喋り方だった。刻人は頭を抱えて泣き叫びながら、写真に当り散らした。
「ちがう！　これじゃない！　僕にとって大切なのは、彼女だけ！」
　彼女以外の……には、なんの価値もない。

　ふっと周りの空気が変わったのを感じて、刻人は滲んでいた涙を拭うとあわててバッグの中から写真の入ったファイルを取り出した。指先が焦りながらも写真を捲っていき、お目当ての写真を見つけると、いつもと同じ張り付いた笑顔を浮かべた。
「ああよかった。ふふ、やっぱり『彼女』は可愛い」
　もっとよく見ようと写真を取り出し、強く吹いた一陣の風にヒラリと宙を舞う。慌てて手を伸ばすが写真は指先を掠めて飛んで行き、道の先を歩いていた男性が飛び上がりながら掴む。
　刻人は男性に駆け寄ると、奪うようにして手から写真を取った。
「そんな大事な写真だったのか？」
　紫煙と共に吐き出された言葉に、刻人は顔を上げた。ジニー・劉の茶色い瞳と目が合い、にっこりと微笑む。
「えぇ。大切な妻との写真ですから。見ますか？」
　彼が断ると言う事は、最初から分かっていた。刻人の予想通り、ジニーが苦虫を噛み潰したような表情で首を振り「急いでるから悪いな」と早口で言うと、そそくさとその場を後にする。
　刻人はジニーの悪趣味な柄シャツが見えなくなるまで目で追った後で、写真を表に返した。世界で一番大切な妻との写真。
　そこには、幼い頃の刻人と、幼い頃の妹が写っていた ――。