Mon seul Tresor｜リアクション

Mon seul Tresor

　白昼夢から覚め、遊琳は涙を払うと手で口元を隠した。未だに虚ろな心を持て余しながら、ふと顔をあげて思い出した。そうだ、公園の横を通ったら、少女と話す朧の姿を見つけて足を止めたのだ。暫らく見ていると、朧が急にくずおれて、駆け寄ったら少女が遊琳の前にも来た。そしてその先は、不思議な白昼夢の世界へと誘われた。
　目の前のベンチには、誰も居ない。けれど、朧が帰った筈がない。
「朧」
　何も見えない。けれど、きっとまだここにいるはず。
「君は其処で泣いているのに、ちゃんと居るのに……置いて帰る訳無いでしょ」
　朧は、置いて行かれる事を恐れている。だからこそ、朧自身も誰かを置いて行ったりしない。遊琳が夢から覚めた時にいなかったという事は、まだここにいるという事。
　遊琳の蜜色の瞳が、真っ直ぐにベンチに向けられる。其処に居ると、確信があったわけではない。けれど、無言の泣き声がそこから聞こえてくる気がして、遊琳は目を逸らさなかった。
「おしまい」
　朧がろっこんを解き、立ち上がる。遊琳がそっと朧を押し留めると、ベンチに座った。朧の方は見ずに、優しく頭を撫ぜる。
「僕は僕の好きにしかしない」
　素っ気無い言葉。けれど、言葉を故意に省いて違う意味にしただけ。
　僕は僕の好きな奴にしかこんな事しない。
「でも朧が朧以外信じられないなら、こうしててあげる」
　頭を撫ぜていた手が、朧の手へと重なり、そっと握られる。
「理由は信じられなくても、この感触は……現実は、信じられるでしょ」
　横顔だけで微笑む。君に結んだ縁ごと手を繋いで、あの夢を遠ざけたい。あの空虚な未来を、打ち消してしまいたい。
「今は、君が嫌と言うまで放さない」
　強く手を握られ、朧は応えるように手に力をこめた。誰かが隣に居る事が、こんなにも心落ち着く事だとは、思わなかった。遊琳だけではなく、この島で縁を結んだ皆が朧にとってのかけがえのない大切なものへとなっていた。
「ありがとう」
　お礼の言葉は、半分は遊琳に、もう半分は隣に座る少女に向ける。あの子は今どんな顔をしているだろうかと視線を向ければ、そこには何もない空間が広がっていた。いつの間にかどこかへ消えてしまったのだろうか？　そう思った時、少女が座っているはずの場所から鈴の音が聞こえて来た。
　確かに彼女は、まだここに居る。それなのに、何故見えないのか？　ろっこんを解いてしまったからと言う訳ではないはずだ。それなら、何故 ―― ？
　朧と少女の違い。それは、大切な人に見つけられたか、そうでないか。
「……見つけられるまで、待つつもりなん？」
　肯定するように、鈴の音が鳴る。
「なら、俺も一緒に待つんよ」
　彼女が大切な人に見つけてもらえるかどうかは分からない。けれど、一人で待つ寂しさを知っている朧は、彼女を独りにしておく事が出来なかった。左手で、少女の居るはずの場所を触る。指先は何にも触れずにベンチの上に落ちたが、見えない涙が一粒、朧の手を濡らした。