Mon seul Tresor｜リアクション

Mon seul Tresor

　子供の頃は病弱で、入院をしている事が多かった。
　真っ白な病室に、ツンと鼻につく消毒液のにおい。一日のほとんどの時間をベッドの上で過ごす御鏡聖には、友人と呼べるような同じ年頃の子はいなかった。いつも一人でボンヤリ窓の外を見ている聖を不憫に思った母親が、ある日狐のぬいぐるみを買ってプレゼントしてくれた。銀色の美しい毛並みと円らな金色の瞳に、聖は一目で気に入ると友達になった。
　ベッドで寝ている時も、ご飯を食べる時も、時々許可の出たお散歩の時も、お風呂の時も、聖はぬいぐるみを離す事はなかった。どこでも一緒、いつでも一緒、ずっと一緒。それは退院してからも変わらず、ぬいぐるみがボロボロになっても一緒だった。ぬいぐるみは聖の初めての友達で、とても大切な親友で、これからもずっと一緒に時を重ねていくんだと思っていた。大人になっても一緒に居ると思えるくらい大好きだった。
　―― それなのに、聖は自分の身を守るためにぬいぐるみを捨ててしまった。
　あれは、聖が退院してから少し経った頃だった。ちょっとした冒険心から遠くまでお散歩に出かけた聖は、野良犬に遭遇した。大きくて、鋭い目をした野良犬は、聖と目を合わせるとゆっくりとした足取りで近づいてきた。足がすくんで動けなくなった聖はその場にしゃがみ込み、近づいてくる野良犬に怯えながらも、思わず握り締めていた銀狐のぬいぐるみを突き出した。
　野良犬はぬいぐるみをにおうと、大きな口をあけてパクリと咥えた。聖は小さな悲鳴を上げながらもぬいぐるみから手を離し、自分を守るように頭を抱えた。野良犬は暫し聖のにおいを嗅いだ後で、悠々とした足取りで去って行った。
　野良犬に咥えられ、連れ去られていく銀狐の金色の瞳が、聖を見ている。非難するような瞳を見ていられなくて、目を逸らす。
　聖はあの日、大切な友達を自分の保身のためだけに差し出してしまった。自分が助かるために、友達を犠牲にしたのだ。

　視界が歪み、見慣れた学校の廊下が広がる。聖は呆然とその場に立ち尽くしていた。背後から靴音が聞こえ、誰かに肩を叩かれる。
「すまない、ここを小さな女の子が通らなかったか？　銀色の長い髪と、金色の瞳をした……」
　修が聖の顔を覗きこみ、言葉を飲み込む。聖の大きな黒い瞳には大粒の涙が溜まっており、溢れた雫が頬を滑る。
「私の、せいなんです。私が、あの子を……。どうして忘れてしまったんでしょう。忘れてはいけない事なのに……私だけは、絶対に忘れてはいけなかったのに……どうして……っ」
　声を上げて泣きじゃくる聖に困惑しつつも、修はそっと彼女の頭を撫ぜた。面識自体はなかったが、泣いている少女を一人にしておけるほど、修は冷たくない。
「落ち着いて。大丈夫だから……」
「あの子をあんな顔にしたのは、私なんです。あんなに悲しそうな……。私が、手放してしまった、大切なお友達……金色の瞳の……」
　そこまで聞いて、修は目を丸くした。
「もしかして、あの女の子の持ち主は……」