潮騒に呼ばれて｜リアクション

潮騒に呼ばれて

　押し黙ってしまった真優理を見て、絢はふと水平線へと視線を向けた。
「……真優理さんは、後悔してないの？」
　もちろん絢には、否定されない自信があった。
　確かに真優理はスイッチが入らないとだらしのない一面はあるが、だからと人間関係までそうじゃない。
（生半可な遊びの気持ちで、私を弄んだりしないはずよ）
　信頼しているし、自分の好きになった人を信じたい気持ちもある。
　それに、切っても切れない親族である以上、ただの冗談とするにはリスクが高いだけだ。
　表情さえ凜とたたえれば、あとは波音が緊張する鼓動を消してくれる。震える手は、強めの風になびかないよう、髪やスカートを押さえ直すことで取り繕うことができた。
（……お願い）
　どうかこの不安を、『重荷に感じているのでは？』と少しでも心配してしまったことを笑い飛ばしてほしい。
　けれど、待てど暮らせど真優理からの返事はない。海風が強くて声が届かなかっただろうかと振り返れば、真優理はうつむいていた。
「真優理さん……ごめんなさい、私がどうかしてた」
　不安になったからといって、相手を試すような物言いをしてしまった自分が恥ずかしい。これでは気分を害されても仕方が無いと、絢は真優理の顔を覗き込むように浜辺に膝をついた。
「――ごめんね」
　なのに真優理は謝るから、絢も我が耳を疑って伸ばしかけた手を止める。
「今でも、家族として守りたかった気持ちは、ちゃんとある。まだ20歳にもならない絢ちゃんを守らなきゃって大人の気持ちも、残ってる……でも、後悔だけは、できないの」
　そう言い切ると、真優理は肩を震わせた。きっと、『守らなければいけない相手』を前にして、涙を流せないと堪えているのだろう。
　確かに、去年の今頃はただの従姉妹だったし、年齢差だって埋まらない。真優理が構えてしまうのも、無理ないことだと思う。
（でも……今は）
　表だって言えない。普通とは何もかも違って、決して許されない関係だとわかっている。それでも絢は、真優理の手を迷わず取った。
　どんな形であれ、最愛の人と一緒にいられるということは幸せなはずなのに。時折不安になる理由がわからなかったけれど、ようやく……わかった気がする。
「……幸せすぎて、逆に憶病になっちゃうのかな」
　いつだって傍らには、真優理がいる。従姉妹であり、今まで保護者として見守ってくれた大人であり、恋人になった大切な人。
　あの赤い月夜の下でも、幾度となく愛を交わし合ってきた……心から好きだと思える人。
　思わず漏れた言葉だったけど、真優理はハッとしたように顔を上げて、ややあって力なく微笑んだ。
「ありがと、絢ちゃん。私をこんなにも幸せにしてくれて」
「私こそ。真優理さんがいるから幸せになれる……これで、いいと思える」
　風の向きが少し変わった気がして、２人して顔を見合わせて笑いあった。
　特に会話をしなくても、ただそばにいるだけで、傍に好きな人がいてくれるだけで、幸せに感じていたのに、人とは欲張りなものだと呆れるしかない。
　靴の中に入った砂粒くらいの違和感が、どんどんと大きな不快感をもたらすように、きっとこの不安も本当は些細なきっかけのせいだったかもしれない。
「この時間も悪くなかったよね。こうやって、自分が相手を想うということに改めて向き合うきっかけになったんだし」
　きっと、忙しいうちは気にならなかったことが、突然パタッとスケジュール調整で休みになったことで、目に付くようになったのだろう。特段相手を疑うようなこともなければ、もちろん自分の気持ちに自信がなくなったでもない。
「……もう、春らしさが少なくなってきたわね」
　外だということもあって、絢は１度だけ真優理の手を確かめるように握り返すことで気持ちを伝えると、膝の砂を払い立ち上がった。もうすぐ初夏が訪れて、忙しいなんて言ってる間に６月――絢の誕生日もやってくる。
　それでも、まだ19歳とあってはお酒も酌み交わせないし、真優理から見れば大人として扱うのも心許なく、子供として接するにも微妙な年頃なのには違いない。
（そう考えると、今年の誕生日は……どんな風に祝ってくれるのか、とても楽しみね）
　少し大人に近づく、恋人と過ごす日。
　はやる気持ちを抑えきれなくて、絢は数歩波打ち際へと走り出した。
「真優理さんっ！」
　満面の笑みで、声には出さず『好き』とだけ口を動かし、そのまま岩場の方まで駆けていく。
「え、ちょ……絢ちゃん、不意打ち過ぎ！」
　慌てて追いかける真優理は砂に足を取られつつも、晴れやかな顔で笑っていた。

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