●ＶＳジャイアント剣崎弁当（４）●


【校庭】

　志波 武道は、あせっていた。
　ジャイアント剣崎の内部に、栖来 衣夢が呑み込まれてから、すでに十数分が経過している。
「痛弁だからきっと消化器官は無い……衣夢ちゃんはまだ無事って、信じたいが」
　いつもの軽口めいた口調が消え失せ、どうやら彼女が喰われたことに責任を感じているようだ。衣夢が何を思ってあんな無謀な行動に出たのかは分からないが、間接的には、武道が持ち込んだ食糧が原因なのである。
（俺が……衣夢ちゃんを助けなきゃ！）
　一方、立ち上がれない巨人の方は、エレナを追うことはあきらめ、片膝立ちの状態のまま、後木 真央たちと交戦している。その真央の防衛に専念している旅鴉 月詠に走り寄り、武道は思わぬ提案を口にした。
「……何だと？」
　武道の作戦を聞いて、驚く月詠だったが、すぐに、
「ふむ……だが、やってみる価値はあるかも知れんな。
　協力するが、危険だと思ったらすぐ引き返せ」
　こくりと固く頷く武道、その目の前でビリビリと月詠が、スケッチブックのページを引き裂いた。
　びっくりして真央が叫ぶ、
「にゃふっ、月詠ちゃん何するのだ、そんなことしたら！」
　月詠のろっこんで封印された物は、絵の破損で元に戻る。
　すなわち──ぽわわわわんっっ！
　これまで彼女が絵に押し込めてきた、クロワッサンの封印がいっぺんに解け、目の前の武道めがけて襲い掛かった！
　まるで筋斗雲のようなその大量のパンの群れを、顔面から地面に突っ伏しスレスレで避け、
「こっちだ、来い！」
　反転してきたそのホーミングの束を引き連れ、巨大エレナのヒザを駆け上がる武道。
「追ってくるってワカッテルナラ、その性能を逆手に取るまで！」
　目指すは──そう、あのジャイアント剣崎の、腹部。
（奴のどてっ腹に、このミサイルで風穴開けて）
「そこから衣夢ちゃんを救い出す……今だっ！」
　激突の寸前、身をひるがえして巨人をギリで避け、
　

　ちゅどどどどんっ！


　方向転換しきれずに、そのことごとくが命中するパンミサイル！
「やった！」
　振り返り叫ぶ武道、しかし……そのパン粉の粉塵が晴れた後に、現れたものは。
　巨人の腹に開いた穴ではなく、その腹部から生えた異形の手首であった。


　ジャイアント剣崎──クロワッサンを原料に、腹から右手を再生。


　そしてその巨大な五指が、鷲掴みに志波 武道を捕らえた！
「なっ……しまった！」
　ホーミングクロワッサンは、あくまでパン。ぶつけても爆発物のようなダメージは与えられず、かえって巨人の再生を助ける結果になってしまった。
「武道ちゃんセンパイ！　……って、にゃふっ！？」
　その武道を助けようと駆け寄る後木 真央たちの前で、再びズゴゴゴ……と立ち上がるジャイアント剣崎。体内に吸収した余剰のクロワッサンで、足首部分の欠損をも再生させたのである。腹部に囚われた武道に、ぴょんぴょん跳ねても手が届かなくなってしまった！
「しまった、武道！」
「がぁッ……！」
　為す術もない旅鴉 月詠たちの頭上で、異形の手にギリギリと締め上げられた武道が絶叫する。
「どっ、どうしたらいいのだ？　このままじゃセンパイが握り潰されちゃうのだ！」
　全身の骨が悲鳴を上げ、肺腑から絞り出された酸素を求めて、虚しく口が開閉する。
　ホワイトアウトする意識の片隅で、最後に思ったのは弟のこと──そして助けられなかった少女のこと。
（……ごめんな、衣夢ちゃん……俺の力が……及ばなくて）
　

　ザシュッ！　──その巨人の腹部を突き破り、突如Ｖの字に出現する、漆黒の翼。


（……えっ？）
　水面を疾るサメの背ビレのように、巨人の腹部を円型に切り裂くその２枚の羽、
「ろっこん──【夜の皇女（ナイトメア・ヴァンピーラ）】」
　根元から切断されて、あっけなく宙を転げ落ちる巨人の右手、
　ばさり──その後を追うように飛び出した少女が武道の腕を掴み、スレスレの地面を鋭く滑空する。
「衣夢ちゃん！」
　その救い主を呆然と見上げ、歓喜にその名を叫ぶ武道、
「よかった……生きてたんだな！」
「ええ、イチかバチかの賭けだったけど、奴の体内にトマトジュースが残っていて良かったわ。
　流石に密閉された缶までは、吸収できなかったみたいね……おかげでようやく変身できた」
　飲み干した空き缶を地上に投げ捨て、吸血蝙蝠少女がぶわりと高く高く空に舞い上がる。
「変身さえできれば、こっちのもの──」
『ギ、ギィ……？』
　いぶかしげにこちらを見上げる巨大エレナに天空から、指を突き付け栖来 衣夢が宣言した。
「さて、ここから反撃と行くわよ」


【校庭上空】

　シパパパパパパパッ！！

　鳥１羽いない無音の青空を、弧を描いてホーミングクロワッサンが翔ける。
　栖来 衣夢とジャイアント剣崎の攻防は、一進一退だった。機動力にものを言わせて急降下や急旋回を織り交ぜ、ホーミングの着弾を振り解く衣夢、しかし巨人に接近すればするほど、対空の弾幕が厚くなり、容易には近づけない。
「あのミサイル、鬱陶しいわね……
　ギリギリで方向転換して、逆に本体にぶつけてあげれば」
「あっ衣夢ちゃん、それ駄目」
　衣夢に抱えられたままの志波 武道が忠告する、さっきそれをやって失敗したばかりだから。
「それより、あのバレーネット……使えないかな？」
　はるかの地上を指さす武道、それはあのエレナたちを受け止めるのに使用したネットである。
「いいわね、その作戦で行きましょう」
　追尾してくるクロワッサンを躱しながら、地上スレスレでホバリングして、そのネットを回収する武道たち、巨大エレナの股下を潜り一気に急上昇すると、
「隙が出来た……今よ！」
「いえっさ隊長、ヒャッホウ〜！」
　目標を見失った巨人の頭部に跳び下り、その髪にバレーネットを巻き付ける武道。取り付かれた巨大エレナが、至近距離からミサイルを浴びせようとするが、
『ギ……、ガガ？』
　そのクロワッサンのことごとくがネットに引っ掛かり、水揚げされた小魚のようにびちびちと目詰まりする──ホーミングパン、全弾不発。
「チャンス作ったぜぇい、衣夢ちゃん！」
　バッと振り仰ぐ武道が見たものは──太陽の中から全速力で突っ込んでくる、蝙蝠少女の姿。
「日夜コスプレで役になりきるため、必殺技を練習しているのは伊達ではない。
　さぁ、私の全力を見せてあげるわ……
　必殺、ナイトメアキィィーーック！」


　ズパアアアアアアアッ！


　落雷のごとき亀裂が、巨人の脳天から股間に走り、
　一瞬の静寂ののち……ドおオオオン、と真っ二つに裂けて左右に倒れる、巨大エレナ。
「ふっ、決まったわね（キリッ）」
　撃破した巨人も振り向かず、着地をした片膝のままで、キメポーズを決める栖来衣夢。半ば地面にめり込むように、その片足の下に広がっているのは、先ほどまで巨大痛弁の頭部を覆っていたバレーネットだ。
「成る程、そうか……ネットをカッター代わりにして」
　地上で見ていた旅鴉 月詠が、感嘆の声を漏らす。
「点で穿つのではなく──面でパンの身体を切断したのか」
「やったぜぇい☆　衣夢ちゃん、ナイスファイト！」
　いつもの軽い口調をすっかり取り戻し、衣夢に駆け寄る武道……


　その後ろで真っ二つになったまま、ジャイアント剣崎の半身が片足で立ち上がった。


「なっ！？　まだ動けると言うのか？」
　驚愕に立ちすくむ月詠たち、だがその時だ。
「にゃふっ？　おや、美味しそうなお弁当なのだ〜？」
　トテトテと歩いてきた後木 真央が、投網のようにバレーネットに引っ掛かっていたランチボックスを見付けて、それをパクつき始める。
　すると──糸が切れたように巨人の半身が静止し、そのままバラバラッと身体がほどけて、地上に崩れ落ちてしまった。
　散乱するそのパンやオカズの山を呆れて見渡し、恐る恐る訊ねる武道。
「なあ、真央ちゃん？　その弁当って、もしかして……」
　ほっぺにパン屑を付けたままキョトンと顔を上げる真央、そのお弁当の中身とは、（半分食い散らかされた）剣崎 エレナの似顔……

「核になってた──エレナちゃんの最初の痛弁か！」