●ＶＳジャイアント北風弁当（２）●


【中庭】

「もう１体の巨人だと！？」
　校舎を割って新たに出現した、ジャイアント姫神弁当の方を振り向き、矢萩 咲が狼狽した。
「って、巨大な私が襲ってくるよっ！？　なんでー！？」
　悲鳴を上げて逃げ惑う姫神 絵梨菜、しかしすぐに持ち前のポジティブさで、
「とりあえず応戦しないとっ！
　これが自分との戦いってやつだねっ！」
『ええー、大きい絵梨菜ちゃんまで現れた！？　またろっこんの暴走なのー！』
　そして心の声をだだ漏れさせながら、毒島 林檎も絵梨菜の加勢に走る。それを見た咲も対応を迷うが、今度は目の前のジャイアント北風の方の、様子が変化した。
「あっ、北風さん！」
　動き出す巨人の視線の先にハッと目をやれば、職員玄関から走り出てきた北風 貴子の姿が！　必死にその彼女の手を引いているのは、白衣の伊賀 解理だ。
「矢萩さんなの！？」
　委員仲間の咲を見て、思わず足を止める風紀委員長。だがその貴子に、間髪入れず襲い掛かる巨大痛弁！
「北風さん、逃げて！　ここは私が食い止める！」
　のーーんと掴み掛かる巨人の右手を、咄嗟に竹刀を立てて受け止める咲、しかしあまりの衝撃に竹刀がヘシ折れ、あっけなく弾き飛ばされてしまう。
　蒼白になる貴子の手を引っ張り、先を急がせる解理に、今度は尾鎌 蛇那伊が大声で指示をとばす。
「解理ちゃん、正門の方に委員長を連れて逃げて！
　そこで刀ちゃんが、罠を張ってるはずだから！」
「──御剣氏が？　分かった！」
　再び逃げ出す解理と貴子の２人、それを追おうとする巨大委員長を足止めせんと、奮闘する尾鎌と咲。ジャイアント姫神の方には絵梨菜と林檎が分散したので、これで２人だけの対応となった。
「くっ、ちょっと人手が足りないわね……足止めが精一杯だわ。
　それにしてもこの痛弁、何で委員長を狙っているのかしら？」
　中国拳法で鍛えた連打を繰り出しながら、そう訊ねてくる尾鎌に、
「よくわからないけど、北風さんを亡き者にして本物になり替わるつもり……とか？」
　折れた竹刀を投げ捨て、そう答える矢萩咲。
「何にしてもこの学校の風紀を乱した以上、咲は大変怒っています……消し飛べ」
　素手になった拳を振りかざし、ろっこん【メガエラ・フォース】を発動させる咲──黒いビームが一直線に、巨人めがけて迸る！
「やったぞ！　……って、あら？」
　ジャイアント北風の左胸のドリルが、こんがりホットな焼きおにぎりになった。咲としては、この一撃で巨人を爆散させるつもりだったのだが、彼女のろっこんはまだ覚醒したばかり。今後の成長次第では分からないものの、１発でこれだけ巨大な物を消滅させるだけの出力は、まだ無いようである。
　

　そして、全身に気を巡らし、五感を活性化させていた尾鎌 蛇那伊の耳に、さらに聞こえてくる重低音の地響きが。イヤーな予感に尾鎌が振り向くと、
「ちょっと、また新手なの！？」
　中庭の向こう、講堂の正面の壁をギター（っぽいベーコンブロック）で突き崩して現れたのは、ぱっつん前髪の巨大ギタリスト……！


【北校舎１Ｆ・保健室〜廊下】

「あれって４体目の巨人？　大丈夫かなこれ……全部対処できるの？」
　保健室の窓から、テンヤワンヤの騒ぎになっている外を見て、桜庭 円はさすがに心配になってきた。目当ての救急箱を確保すると、急ぎ廊下に走り出て、
「こっちに逃げれば、安全だよ！」
　そして円は逃げ遅れている生徒たちの、避難誘導を始めた。あのテオが無責任に召喚した学生がまだ、ずいぶん校舎の中に残っていたのだ。そうした生徒を見付けては、
「あぶなかったねー、でももう大丈夫だよ！」
　と怪我の応急手当を施してやる彼女の周囲に、助けを求める人が少しずつ集まってくる。頃合いを見て円は、おまじないの噂話を持ち出してみた。
「やっぱり、あれって、噂の痛弁の奴なのかな？
　顔が、先輩達そのままだったし……噂のお化けだよ！　お化け！」
　困っている彼らを助けるのは勿論だが、円には他にもちょっと、試してみたいことがあるのだ。
「──でもね、あの噂って間違って、広まってるらしいよ？」


【南校舎・屋上】

「糞猫め……まーたあたし達をいいように使おうってのかい」
　文句のひとつも言おうと屋上に出てきた桜崎 巴だったが、テオがいないのを見て舌打ちひとつ。
「ま、こうなったらやるっきゃない。
　折角だから風紀委員長をぶちのめしたいところだ。
　合法的に思いっきり奴をぶん殴れる、最大のチャンスだしね」
　と中庭をズンズン移動していく、巨大委員長の頭を眺める巴だ。
「さて、どう倒すかねぇ……？
　っと、あんな所に下心がいるじゃないかい。なら早速……」


「今日のお昼は屋上でパン！」
　保健体育の教科書（＝エロ本）を持って、屋上にやって来た横嶋 下心だったけれど、今日は何だか外の様子が騒がしい。キョロキョロしていると、そこにやって来たのは桜崎 巴だ。
「下心。あんた、昼飯はまだかい？」
「あっ巴ちゃん！　ナニナニ？　うん、まだだけど？」
「だったらちょうどいい。あんたにいい弁当を用意してみたんだが、要らないかい？」
「えっ、お弁当をくれるの！？　ありがとーーーーーっ！」
　あのスケバン巴から、こんな優しい言葉を掛けてもらえるとは、予想もしていなかった横嶋だ。
「ううっ、女の子からお弁当を貰える日が来るなんて、涙が止まらないよ！」
（クク……食いついて来たね）
　内心でそうほくそ笑むと巴は、屋上に肘をついて寝転び、色っぽく足を組んで横嶋にウィンク。そしてやおらこう宣言してみせた。


「お弁当は、あ・た・し」


「Σ まっマジですかーーーーー！？」
　チラッと太ももなんかも見せちゃったりする巴に、キターッ！と拳を天に突き上げる横嶋！
「何か知らないけれど奇跡が起きた！　今日は凄い日だよ！」
（アーッハッハッハ！　どうだい、これで正真正銘、あたしも立派な痛弁さ！）
　一方で巴の方も、内心で高笑いが止まらない。何とこの桜崎巴、自らを痛弁に見立て、今回の神魂現象に乗じて自分を巨大化させようと思い付いたのである。
（このまま用立てた弁当を吸収して巨大化したら、思う存分巨大委員長をぶん殴ってやる！
　常人のサイズならともかく、同サイズになれりゃ、弁当ごときに負ける気がしないよ！
　そして痛弁どもを全て倒したら、あたしは弁当界の神になるのさ！）
　何という壮大な野望！　憎っくき風紀委員長（の痛弁）を倒し、テオに切り取られたこの空間の支配者となろうと言うのだ！
　しかし……


　しーーーーーーーーーん。


　何も、起こらない。
「それじゃ遠慮なくっ、頂きまーす！……ぶべらっ！？」
　パンツ一丁でダイブしてきた横嶋を裏拳１発で倒し、「おかしいね……」としきりに首を捻る巴さん。
「ちゃんと巨大化用の弁当も山ほど、校舎からくすねてきたんだが」
　うんまあ確かに、痛いのは物凄くイタいが、どう考えても生身の人間は「弁当」ではない。悪戯な神魂、巴のナイスバディに降りて来ず！
「チッ……そんなら、これでどうだい！」
　今度はくすねてきた大量の弁当をかっこみ出す巴、自分の口のすりきり一杯までご飯を詰め込み、
「げっぷ……（どうだい、イカめしならぬ、巴めしさ！
　これであたしもどう見ても痛弁……ってのわあああっ！？）」
　ああっ大変だ！　目ざとく食糧を見つけたジャイアント北風に、あっさり屋上から摘まみ上げられてしまったではないか！　ひょいぱくでそのまま、巨大委員長の口に消える桜崎巴……スケバン少女、万事休す！！


【南校舎３Ｆ：教室】

「痛弁が巨大化って、やれやれ。
　愛情の重い軽いもいろいろあると思うけど、これは胃もたれ確定よね……」
　桃川 圭花は、３階の教室から外の騒ぎを見てボヤいた。
「ってアレ、桜崎さんじゃないの！」
　足をバタつかせながら、あっさり巨人の口に放り込まれてしまった桜崎 巴を目撃し、こうしてはいられないと準備を急ぐ圭花。体育倉庫から調達してきた大きめの脚立のネジを、ろっこん【ガレージランド】で外し、蝶番部分を１８０度開いて真っ直ぐにする。
（よしっと……これで、長い梯子みたいになったわ）
　この即席の梯子を窓から突き出し、
「いっくわよぉー……っ」
　タイミングを見計らってジャイアント北風の肩に渡し、思い切り良くその身体に跳び移る……一瞬よろけてヒヤッとしたが、上手くいった！
「さて、じゃあ何とか桜崎さんを引っ張り出さないとね」
　巨大委員長が口を開けた隙をつき、持ち前の大胆さでその中に梯子を突っ込むと、暗い食道の中を１人降りていく圭花。
（どんどん他の弁当を取り込むこのＧＫＢだけど……元々の核は１つの痛弁なのよね。
　それを取り出してモデルの人に食べてもらえば、痛弁の想いは遂げられて、ＧＫＢ化も止まるはず。
　私の推理が正しければ、きっと──！）